「あ」
「お」
僕とジャンは………互いをじっと見つめ合った後に少々気まずそうにする。
しかし、やがてジャンが何とも罰が悪そうにしながら「…………見てたか?」と尋ねた。
一瞬答えに窮するが…ここで嘘を吐いても仕方が無いだろうと思い、黙って首を縦に振る。
「……………しかしなー…。」
ジャンはそれを受けて溜め息を吐きながら、先程渡された手元の手紙を見下ろした。
白く、清潔そうな封筒である。皺ひとつ無い。
「……………いわゆる、ラブレター?」
僕もその傍までやって来て、覗き込みながら言った。
「馬鹿、その単語を出すなよ……。何か恥ずかしい。」
「でも、そうなんだろ?」
「まあなあ………。」
ジャンは白い封筒をかざして見ながら溜め息と共に言葉を吐き出す。
それを横目で眺めつつ……「返事、するの。」と尋ねた。
「まあしない訳にはいかねえだろ。」
「と、いうことは付き合うんだ。」
「馬っ鹿、何で口もきいたことも無い相手と付き合わなくちゃならねーんだよ。
それに……オレにはまあ、本命がいるからな。」
ジャンは少し照れたように言っては、微かに頬を染めつつ後頭部をかいた。
その様を見て、僕は少し苦笑する。
…………ジャンは、その粗暴な性格に似合わず意外ともてる。
今までも何回かこういうことがあったのを、見た。
黙っていたらきっともっともてるんだろう。彼は顔だけで言えばそこそこ綺麗な人間に分類されるから……
「そういうのもらうのって、どういう気分なんだ。」
真っ白い封筒を眺めながら、ふと尋ねてみる。
ジャンは「まあお前には縁の無いことだろうからなあ。」と、もういつもの調子を取り戻して嫌みたらしく答えた。
「…………まあ。悪い気はしねえよ。だけどなあ……色々と困るっつーのも事実だ。」
「贅沢な悩みだな。」
「まあそう言ってくれるな……。」
「……だけど困るのか。意外だな、高慢なお前にそんなデリケートな心理があるなんて。」
「おうおう、言いたい放題言ってくれるな。」
そう言った後に二人で小さく笑い合った。
「…………こういう話題が得意じゃないお前にしてはいやに突っかかってくるな。誰か渡したい相手でもいるのか。」
ジャンが手紙をポケットに仕舞いながら尋ねてくるので……少し考えた後に、「さあね…」という曖昧な返事をした。
「でも僕は手紙を渡すくらいなら直接言いたいかな……。大切なことだし。」
そう言って僕はゆっくりと歩き出した。
ジャンもそれに続いて隣に並ぶ。
「そっか……。お前らしいっちゃらしいな。
………………………。まあ、相手が誰かによっては全力で阻止させてもらう必要があるんだが。」
「なんだよそれ…。お前はそこそこもてるんだからそれで満足してろよ。」
「もてる……ねえ。そうだなあ……。なんか知んねえけど、最近とみにもてるんだよなあ……。」
ジャンはひとつ溜め息を吐いてはそう言う。僕は少し笑いながら「つくづく嫌みな奴だな」と零した。
「ほんと…… 。兄のジャンがこんなにもてるのに妹のジョゼがサッパリっていうのも面白いな。」
「あいつは生まれてくる性別を間違えただけだ……
いや、あの顔にあの性格だからなあ……ギャップが激し過ぎて気味悪がられるのがオチだな。」
「はは…………。まあ、ジョゼにはラブレターも告白も縁遠い存在だろうからな……」
そう言いつつ、僕はひどく安心している自分がいることを感じていた。
……………どうしてかは分からないけれど、いつからか好きな女の子。
皆彼女の魅力に気が付いていない。僕だけが知っている。
それがとても、嬉しかった。
「…………いや。そういえばあいつ昔に一回だけ、所謂ラブレターってやつ書いたことあった筈だぞ。」
だが、次にジャンの口から零された言葉に、胸の中で育まれていた温かな空気にぴきりと亀裂が走る。
「え………。」
思わず、それを口にした。
「それって、どういう………」と続けると、ジャンは何のことは無く肩を一度竦める。
「いつだったけなあ……オレの友達の中で割とジョゼにも優しくしてやってた奴がいたんだよ。
そいつが親の都合で遠くに行っちまう時だったかな……。あいつ、人に手紙なんて書くの初めてだったから相当苦労してたぞ。」
おまけにあの汚い字だ、渡したとしても読めたかもどうか……、と笑いながらジャンはのんびりとした足取りで歩み続けた。
だが、隣に並んでいる僕の心の中の温度はみるみると冷めていく思いだった。
そんな……。
彼女は恋愛とかそういうのには疎くて……男の友達が出来たのも、僕が初めてだって………そういうものだろうと、てっきり、そう思っていたのに………。
…………別に、幼く淡い恋愛なんて誰しもが体験するものだろう。何もおかしいことではない。
けれど……あの子が……、ジョゼが例え過去の出来事ではあっても、誰かに心魅かれたことがあったのが、たまらなく気持ちを不安定にさせた。
……………ジャンは、僕のそんな心境には勿論気が付いていない。
すっかり話題は別のことへと移り変わり、先程自分が愛の告白を受けたことも最早忘れてしまっているようであった。
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