いつか見る空 | ナノ
「うーん…………」


ジョゼが唸っている。


(………おお。)


マルコはその様を見下ろしながら、ある種感心めいたものを抱いていた。


怖い。………すごく、怖い顔だ。


マルコの視線に気が付いたジョゼはハッとして屈んだ姿勢のままで彼を見上げる。未だにその眉間には皺が寄ってしまっていた。


「ごめん……。待たせているね。」


そして申し訳無さそうにする。

………いや、早くして欲しいとかそういう焦らす理由で見ていた訳では無いのだが…


「いや、良いよ。ゆっくり選びな。」


そう苦笑しながらマルコはジョゼの頭を軽くポンを叩いた。

彼女は安心したように再び手元の毛糸玉に視線を落とす。


手芸店の店員は、彼女の険しい顔を見てハラハラとした表情をしながらこちらを伺っている。

それに対してマルコはあまり気にしないようにと愛想の良い笑顔を送った。



「やっぱりヤギは無理だろ。多分持ってるお金を全部投資しても台布巾程度の大きさにものしか編めないよ」

「いやせめてハンカチくらいは……」

「どっちの方が大きいのかはいまいち分からないけれどとりあえずマフラーとしては及第点に至らずだね…」


ほら諦めてこっちにしな、とマルコはジョゼが右と左にそれぞれ持つ毛糸玉のうち右を示す。


「うーん、羊も充分あったかいんだけれどねえ…。」

でもやっぱりこっちの方が断然…と未だに彼女は頭を悩ませている様だった。


「第一、ジャンの分も編むんだろ。そうなったら明らかに無理がある。」

「まあ……。うん、そうだね。」


ジョゼは渋々と言った体でヤギの滑らかな肌触りの毛糸玉を元の場所に戻して立ち上がり、(なんで似たような動物なのにこうも値段が違うんだろ)と首をひねった。


…………編んで欲しいと言ってもらえたからには温かく、冬を快適に過ごせるものを贈りたい。


それがジョゼの望みであった。

だが現実的な財布の事情により思い通りには行かないようである。


(いつか……カシミヤでもシルクでも気軽に買えるくらいに出世できたらなあ。)


その時はまた改めて新しいものを贈ることにしよう。

きっと、自分は変わらずに彼等の傍に居る筈だから……


それを考えるとジョゼはほんの少し笑ってしまう。

外は北風に晒されてとても寒いのに、ストーヴの明かりが灯るこの店内そして彼女の心持ちは温かだった。


「何笑ってるんだよ」


そう言ってマルコも笑いながら軽く彼女の頬を抓る。


こうして自身の表情の変化を理解して分かち合ってもらえることがジョゼには幸せだった。

今までそれをしてくれる人は兄ただ一人しかいなかったので、これからもそうなのだと諦めにも似た感情を抱いていたが…故郷を出て兵士としての訓練を積むうちに気が付けば沢山の友人が出来、自分を大切にしてくれるようになった。

ジョゼもまた彼等が、彼が大切だった。


だから少しずつ返していけたらなあ…と考える。与えてもらったものを自分なりに。



「……………。ちょっと、考え事してて…」

「そう、何か楽しい事?」

「うん。……楽しい事。」


マルコの掌がゆっくりと彼女の頬を離れた。

それを眺めて…大きくて、でも綺麗な手だなあとジョゼはいつも考える。彼の身体の中でもとくに好きな部位のひとつであった。


「お金は出すって言ってるのに……本当に良いのか。」


後ろ髪を引かれる思いでヤギの毛糸玉の棚から遠ざかり、今度は羊毛の物色に取りかかっていたジョゼにマルコが尋ねる。


「うん。じゃないとプレゼントにならないじゃない……。」

折角のクリスマスなんだから。と言って、臙脂色の毛糸玉をひとつ手に取って少しだけ解いては質を確認するジョゼを見てマルコは軽く溜め息を吐いた。

こうなると彼女は頑固である。恐らく意地でも材料費を受け取ってはくれないだろう。


「マルコは、何色が良いの」


ジョゼは大分機嫌が良いようである。なんとはなしに弾んだ声で尋ねてくる。

………手芸店という場所が彼女の僅かながら潜在する乙女心をくすぐるのだろうか。

それならばちょっとかわいいな、とマルコは何だか微笑ましくなった。


「うーん……。そうかな、これとか。」


彼もまた機嫌良く答えながら、深い青色の毛糸玉を少し上の棚から取り出してジョゼに渡す。


「…………………。」


手のうちに収まったそれに真っ直ぐに視線を落とす彼女を見て…マルコは少しだけ照れ臭くなった。

…………流石に浮ついた自身の心が見え透き過ぎただろうか。


「これだと私と同じようなのになっちゃうけれど。」

良いの、と確認を取る様にジョゼは聞いた。


「あ、えっと……うん。良いんだ、それで……」

なんとなく分かってはいたが……そう言えば彼女はその手の事をあまり深く考えない性質であった。それが良いのか悪いのかは釈然とせずよく分からないが。


「ということは」

ジョゼは同じ色をした毛糸玉をいくつか取り出し、一番毛質が良いのを購入しようと吟味し始める。

………マルコにはどれも同じに思えるのだが。


「………おそろい?」


そして呟かれた彼女の言葉に、彼は一瞬言葉に窮した。

いや………勿論、それを狙ったのではあるが。いざ声に出して言われると非常に照れ臭い。


何も言えずに、ただ顔にめがけて熱だけがじわりと集中していくのを感じる。


ジョゼはマルコのそんな様子には微塵も気が付かず、尚も真剣に毛糸の性質を確かめていた。


「…………あ。」


そして何かを思い付いたのだろうか…小さく声をあげる。


「どうせなら兄さんの分も買って三人でおそろいに「ごめん間違えたやっぱり別の色にしよう」


ジョゼが提案しかけた事柄を遮る様にして、マルコはその手のうちにあった青い毛糸玉を全て取り上げて元の棚に戻す。

……………なんというか、いくら彼女込みとはいえ男と三幅対になるのは生理的な拒否反応が出た。

しかもよりによってその相手はジャンである。


(……………………。)


本当に、どこまでも彼の存在は自分にとって大いなる難物だ。きっとこれからもずっとそれは変わらないのだろう。

………長い、どうやら持久戦に持ち込まれそうな自身の恋路を思ってマルコは少々憂鬱な気持ちになった。



ジョゼは彼の素早過ぎる行動に少々驚きながらも、「そう……」と素直に応える。


「ジョゼがさ、選んでよ。」


ふう、とひとつ息を吐いてマルコは言った。

密やかな野望が適わなかったのは残念だが、彼女に自分に似合う色を探してもらうのも悪い事では無い。


……………ジョゼが、品定めするようにじっとマルコのことを見る。


マルコはその鋭い視線すらも既に親しく、懐かしい様に感じてしまう自身を少しだけ重症だろうか…と危惧してみる。


(………いや、でもやっぱり。)

好きなのだろう。仕方の無いことだ。



ジョゼはふいと両脇に聳える棚のうちから右側、視線より少し下に揃えられていた毛糸玉を手に取る。


「チェスナットブラウンだって………」


そして傍に据えてあった札からその色の名前を読み上げた。


「………君の瞳と同じ色だね。」


ジョゼは瞼を伏せて深い色をした毛糸玉を眺めたあと、マルコの瞳を再び眺める。

少しの間、二人は見つめ合った。

どうしてだか、互いの瞳の色をきちんと見たのは…短く無い付き合いの中で初めてのような気持ちがして。


「どうかな。」


短い沈黙を破ってジョゼが言う。

それにハッとした様にマルコは瞬きした。随分と真剣に彼女の瞳の色を観察してしまっていたようである。


「うん……。良いんじゃないかな。」


そして微笑んで頷いた。

ジョゼも自分が選んだものが受け入れられたのが嬉しいのか、僅かに口角をあげる。


「そう……丁寧に作るね。」

「ありがとう。大事にするよ。」


店の中が静かだった為に自然とマルコとジョゼの声も小さくなる。

そう囁き合ったあと、二人はもう一度互いの瞳を覗き込んでは目を細めるのだった。


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