風が一迅吹き始めた頃に、オレはゆっくりと口を開いた。
「良かったら……、お前も一緒にするか。……自主練。」
誘いを持ちかけると、ジョゼの瞳がまたかすかに揺れる。……けれど、先程の心配そうなものとは違う表情だ。
どうやら………今、ここではオレとジョゼは全くの赤の他人らしいが、悪くは思われていないらしい。
現在の状況に先程まで至極戸惑っていたが……やはり、ジョゼはジョゼなことに変わりはない。
そして、……妹だったときと同じように、オレの努力をちゃんと見ていてくれたらしい。
なら、兄妹じゃない……友達として……今からでも良い関係を、築いていけるんじゃないかだなんて……そんなことを………。
「本当……?良いの。」
彼女の実に意外そうな発言に、オレは小さく頷く。すると、彼女の顔にじわりとした嬉しさが滲んだ。
「嬉しい……。すごく嬉しい。私、ずっとジャンには嫌われてるんじゃないかって思ってたから……だから良かった………今日、声かけて、すごく………」
しどろもどろな発言になっているが、それでも素直に喜んでくれているのが分かって、こっちまで嬉しくなった。
遂、いつもの癖で頭を撫でてしまう。………少し驚いたようにされるが、やがて目を細めて受け入れてくれた。
(良かった………。)
ここ数日、不安だった心持ちが徐々におさまっていく。
…………この分なら、これからうまいことやっていけるんじゃないかな、オレ達………。
「よし、じゃあ早速明日から始めるぞ。言っておくけどオレの練習は普通よりもレベルが高くてハードだからな。」
覚悟しとけ、と軽く小突いてやれば、ジョゼは「うん…。」と承知したように頷く。心なしか気合いが入ってるように思えた。
…………それから、少しだけ……そのままでオレ達は話をした。
危惧していたよりもすんなりと会話に興じることが出来て、安心する。
時々、言葉の合間合間には沈黙が混ざった。……でも、もう気まずいとは感じなかった。
「ジョゼ」
夕焼けが最後に一筋の明かりをこちらに投げ掛ける頃……ふと、呼びかけられてオレ達は我に返る。
声がした方を向くと、ベルトルトの背の高いシルエットがこちらを覗き込んでいた。……どうやら話に夢中で接近されていたのに気が付かなかったらしい。
「……………兄さん。」
ジョゼは………相変わらず、ベルトルトのことをそう呼ぶ。
聞き慣れた言葉だと言うのに、自分に向けられたものでないというだけでひどく胸が痛んだ。
「夕飯になっても姿が見えないから心配したよ………」
ほら、おいでとベルトルトが手を差し伸べると、彼女はそれに従って手を取り、オレの隣から立ち上がっていく。
「君も……そろそろ夕飯だから帰った方が良い。………ジョゼが世話になったね。」
そう言ってくるベルトルトの隣で、ジョゼが軽く手を振りながら「今日は本当に、ありがとう」と礼を述べた。
オレは……それに対して、何も応えなかった。
ただ、いつかと同じように手を繋いで遠ざかって行く二人の後ろ姿を見送る。
………………少しして、完全に陽は落ちた。
青い闇に浸された辺りを、微かに風が横切っていく。……もう、夜は寒い。
………………何だ。この感覚は。ジョゼとも仲良くなれて、さっきまですごく嬉しかった筈なのに……。
脳裏には、もうとっくの昔に見えなくなってしまった二人の近しい距離の後ろ姿が蘇る。
(……………やっぱり)
嫌だった。
この状況が。…………そして心底、悪い夢なら覚めて欲しい思った。
どんなに心が許し合える友達になれても……例え一番に仲が良いとしても……それでも、嫌だ。
(だって、あそこは本来……オレがいるべき場所で………、)
無性に悔しくて唇を噛む。じわりとした痛みを感じた。
いつからかぼんやりと光り始めた月が横顔に光を投げ掛ける。
……少し眩しくて、目を閉じてもしばらくそれを感覚することが出来た。
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