「あ。」
「あ…………。」
そして………この不可解な状況が数日ほど続いたある日。
オレは思わぬところでジョゼと接する機会を持つ。
……………いつもの様に自主練を終えて、起動装置を倉庫に戻したあとだった。
如何にも気持ちの良い秋晴れの夕暮れだったので、オレは少し遠回りしながら寮に戻ろうかな…と考えていた。
そして、その道の途中である。
既に紅葉が始まっていたケヤキの根元で、至極真剣な表情をしながら本を読むジョゼを見つけたのだ。
「……………………。」
しばらく見つめる。
その、気になったのが………頭の上に赤く色付いた葉っぱが一枚乗ってしまっていることだった。
非常に間抜けな光景である。声をかけて取るように促してやった方が良いのだろうが……
ここ数日全く持って会話が無かったことを考えると、近付いていいのか若干躊躇してしまった。
そこで……何も出来ないまま黙々と本を読むジョゼを見つめていたときに、視線に気付いて顔を上げた彼女と目が合ったのである。
…………オレの姿を捕えた途端、その瞳は少し不安そうに揺れ動く。
あまり、面識の無い人物と接したときのジョゼの反応そのままだ。
ほんの僅かな表情の変化だったが、勿論オレには彼女の考えていることがよく分かるし……ある程度覚悟していたとは言え、この反応は傷付いた。
「あー………待て。逃げるな。」
だが……今の状態のままで事態を放っておく訳にもいかない。
どうにかするとすぐに逃げ出してしまいそうな……警戒心の強い野良猫状態のジョゼを呼び止めて、仕草でそのまま座っているように促す。
彼女は恐る恐ると言った様子だったが、大人しく従った。
……………近付き、頭に触れる瞬間に……その身体がびくりと震える。
髪は、触り慣れた柔らかい感触だ。それがとても懐かしくてずっと触っていたくなる。
「……………ほら、頭についてたんだよ。」
取り上げた葉っぱを見せながら、呟いた。
ジョゼはきょとりとしてそれを眺めた後、「あ…、ありがとう。」と小さい声で礼を言ってくる。
「………………………。」
「………………………。」
だが、それきりだ。全く持って会話は続かない。
先日のベルトルトとの間にあった穏やかな沈黙でも、増してや且つてオレ達が共有した静かな時間でもない。
そこにはただ、気まずさがあるだけだった。
「……あの。」
だが、意外にもその微妙な空気を破って発言したのはジョゼの方だった。
何かと思っていると、彼女はごそごそとズボンのポケットを弄っては「………飴、食べる?」と言って縞模様の紙に包まれた飴玉をこちらに差し出してくる。
「お……おう。」
突然のことにどう反応して良いかよく分からず、とりあえず促されるがままに受け取った。
じっとこちらを見上げてくる視線が何だかこそばゆい。
包み紙の両端を引っ張って中身を取り出し、食べるとハッカ味だった。
ひんやりとした甘さが運動後の身体に優しく行き渡っていく。
オレが飴を口に運んだことが何故か嬉しかったらしく、ジョゼはちょっと笑った。
「………………………。」
「………………………。」
そしてまた、沈黙。
だが、先程よりは辛いものではなかった。
やがてジョゼは……自分が腰掛けた隣の、柔らかそうな草の上をぽんぽん、と叩く。
「となり、座る?」
そして穏やかな声で尋ねてくるので…………オレは無言で示された場所に腰を下ろす。
座る瞬間、ジョゼはほんの少し詰めてオレとの距離を取った。拳ひとつ分。たったそれだけなのに、何故か随分と大きな間隔のような。
「……………ジャン。」
「…………………………?」
一瞬、自分のことを呼ばれているのが理解できなかった。
まさか、ジョゼの口から呼び捨てにされるとは。
どうやら、本格的にオレとジョゼは他人らしい。
……本当にこの状況はどういうことなのだろうか。頭の中は混乱するばかりだ。
「一回、ジャンとは話してみたかったんだ。……顔がちょっと怖いから、話かけるのに勇気がいって……今まで話せずにいたけど」
「お前のがもっと顔怖いだろうが」
「あ、うん……、そうだね。」
ジョゼは自分の失言に若干あたふたとする。
気にするな、と呟けば少し安心したようで、ほうと息を吐いた。
それから気を取り直して今しがた吐いた息を吸って、再び吐く。……………何やら、相当緊張しているらしい。
「ジャンは、今日も自主練してたの。」
「………………おう。」
彼女の質問に端的に答える。
平静を保とうとしているらしいが、いちいち自分の反応を恐る恐る待っているのが態度の節々から伝わってきて、何とも言えない気分になった。
「そっか……。偉いね。立体起動、一番上手なのにきちんと努力して。」
「いや……一番はミカサだろ。」
「えっと、それもそうだけど……ミカサのことはちょっと置いておいて。」
あの子は特別製だから……と呟きながら、脇に置いておく仕草をジョゼはする。
「少し前からだけど、ジャンが訓練が終った後に自主練してるのを知って……それから、ちょっと話してみたいな、って思っていたんだ。」
オレの方に向き直ったジョゼの視線は、まさに真っ直ぐ、という表現がぴったりな具合だった。
逸らすことが出来ず、オレもまたじっと見つめ返す。
「頑張ってる人を見てると、私も頑張ろうって……元気に、なれるから。」
そう続ける彼女の手元にある本は、立体起動の扱い方に関するものだった。
……講義で使う教本ではない。もう少し……専門的な。恐らく、図書室で借りたのだろう。
それをそっと持ち上げて、中身をぱらぱらと眺めて……返す。
一連の動作を終えた後に、オレは再び彼女の真摯な色をした瞳を眺めた。
その背景には、すっかり葉を真紅に色づけた樹々が、そして常緑樹の深浅さまざまの緑に染め分けられた樹々が、代わる代わるに折り重なっている。
その合間へと静かに太陽は沈みつつあった。
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