いつか見る空 | ナノ
「………で。なんでまた今更になってこんな幼稚な嫌がらせ受けてるの?何かした?」


そしてよくも僕以外に虐められてくれたな、と意味の分からない事を言うベルトルトは何の迷いも無くジョゼの頬をつねり上げた。



「多分。………ジャンの事が好きな子たちの仕業なんだ。」

やめてやれ、と言って彼の掌をジョゼから離してやりつつマルコが答える。


「ジャン………。………え?あの馬面が、スキナコ………。それは一体、どういう………ああ。新種の動物の名前か?」

「好きな子、な。まあ気持ちは分かるけどジャンは結構モテるんだよ。」


信じられない事に。と付け加えながらマルコは困った様に腕を組む。………結構マルコもひどい事言うなあ、とジョゼは何だかしょっぱい気持ちになった。


「それでジャンと一番仲が良い異性って言ったら妹のジョゼだろ?焼きもちの矛先が彼女に向かってしまったという訳なんだ……」

そう言いながら、マルコは床に散らばっていた紙片を回収し、ゴミ箱に再び投げ入れた。


ベルトルトはほう…と息を吐きながらジョゼを見下ろす。………何かを考えているようである。



「でもさ……。兄妹は付き合う事も結婚する事も普通できないけれど。彼女らはそれを分かっているのかな。」


そしてジョゼの髪を一房摘んではそのまま彼女の鼻をくすぐりながら呟く。当然ながらジョゼは小さくくしゃみをした。



「いや……。そりゃそうだけど。そういう事はきっと関係無いんだよ。ただ気に入らないからこういう事をする。………僕はそういうの嫌いだな。」


マルコは少々憤った様に言う。…………ジョゼは、そんなマルコのしかめられた横顔を見つめてはゆっくりと瞬きをした。



(…………マルコはやっぱり正義感が強いなあ……。)


親友がこの事態を、まるで自分の事の様に胸を痛めてくれるのが、ジョゼにとってはかけがえもなく嬉しい事実だった。


(つくづく私は良い友達、持ったよね…。)



ジョゼは淡く微笑むが、再び鼻先をベルトルトによって髪でくすぐられた為にまたしてもくしゃみをする。

………。一方、この長身の方の友人は何がしたいのか本当にさっぱりだった。



「大丈夫だよ……。そんなに気にしてないから。」

ベルトルトによる細やかな嫌がらせを受け流しつつも、ジョゼはマルコを心配させないように声をかける。


「でも………。」

しかし、マルコは納得のいかない様子で恨めしげにゴミ箱を見つめた。


「…………へえ。紙メンタルのジョゼにしては珍しく強気だね。泣いてくれると思ったのに。」

今からでも泣きなよ、それとももっとひどい事言わないと泣けない?とかなんとか相変わらず意味不明な事を言うベルトルトの音声をミュートしつつ、マルコはジョゼの方へと視線を移す。


「本当に…大丈夫なのか?」


…………いつもの様に無表情の為、何を思っているのかはよく分からないが…確かに、そこまで気にした様子は無い。……けれどこれは周りに心配させない様にする演技だったら…いや、ジョゼにそこまで器用な事ができる筈が

「うん。…………だって、とくに好きでもない、それどころかよく知りもしない人に何か言われても…正直、へえ…としか思えないよ。」


ジョゼは後ろからのしかかられるベルトルトの重圧に耐えながら、途切れ途切れに答える。

そして、それに嫌がらせなら色々と免疫があるしね…という彼女の言葉にマルコは妙に納得してしまった。



ベルトルトは後ろからジョゼの首に腕を回し、頭に顎をのせながら二人の会話に耳を傾けていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「そりゃそうだよね……。それに、まあ。そういう子たちも、いつかはジョゼもジャンの傍から離れざるを得ない時がくるって事を理解すれば嫌がらせもしてこなくなるだろ…。」


(………………ん?)


ベルトルトの呟きに、ジョゼは少しの間その意味を考え込む。……しかし、数十秒ほど経過してもよく理解する事ができなかったので…不思議そうな表情で首をひねってはベルトルトを見上げた。

その際に想像以上に顔が近かった事に、若干驚きながら。


ベルトルトは彼女の訝しげな表情に対して、自身の言葉を補足する為に再び口を開いた。


「だって…。そりゃあ。あんなんでもモテるって事はいずれ誰かと付き合うんだろ?ガツガツしてそうだから意外とすぐな気がするけど。
……そうしたらジョゼはそのカップルにとっては全くの邪魔者になる訳じゃないか。それこそ将来彼等が結婚したら目も当てられないね。
ジャンに対して君はまっっっっっっっったくもってモテないから生涯独り身………うわあ、すげえかわいそ。」


ベルトルトは真顔のままげらげらと笑うという器用な芸当をこなしてみせながら滔々と言葉を並べて行く。


…………ジョゼは。途中から彼の発言の意味をよく飲み込めなくなっていた。



固まってしまった彼女を見かねたマルコがベルトルトからようやくその身体を解放してやる。


尚も目をぱちくりと瞬かせて、訳がわからない…という風にしているジョゼに対して、マルコは「気にするなよ、行こう」と優しく声をかけた。…横目でベルトルトを軽く睨むのを忘れずに。




「大丈夫だよー、ジョゼ。泣いて頼んでくるなら僕が引き取ってあげても良い。そこそこ充実したライフを保証する。」


そんな彼等を見送る様に片手をひらひらとさせながらベルトルトはのたまった。



「大きなお世話だ、良い加減行かないとお前も遅刻するぞ」

それに対しては放心状態のジョゼに代わってマルコが応え、振り向かないで彼女の手を引きながら早足で歩いて行く。



(………何怒ってんだろ。)


どんどんと遠くなる二人の背中を眺めながら、ベルトルトは呆れた様に溜め息を吐いた。




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