(……………そっかあ。)
その日の訓練終了後、ジョゼは図書室にて一人で課題をこなしていた。……しかし、実のところ全く集中はできておらず、先程からノートの空白は一向に埋まらない。
(兄さんが誰かと付き合い始めたら、それは…私が一緒にいたら、邪魔だよね。)
生まれた時からずっと、隣にいた。だから…てっきりそんな生活がこれからも続いて行くのかと………
ジョゼは少しだけ眉根を寄せると、今一度集中しようとペンを握り直した。
けれど気持ちは一向に散漫なままで…大好きな技巧術のレポートだというのに、ぴくりとも食指が動くことはない。
(もしそうなったらどうしよう……。)
その時にふと、親友の温かな笑顔が浮かぶが…マルコだっていつかは彼と同じ位素敵で綺麗なお嫁さんを見つけて、自分からは離れて行くに違いない…という考えに当然ながらジョゼは思い当たってしまった。
(そしたら私は………。)
あ…………。そっか、独りぼっちになっちゃうんだ。
……………指の力が緩み、掌の内からぽとりとペンが落ちてはコロコロと机の上を転がって行く。
今まで感じた事の無い恐怖が、ジョゼの体の内に広がった。
かつてならばそこまで気にしなかったであろうこの気持ちも、人が隣にいるの温かさを充分過ぎるほど知ってしまった現在では……堪えがたいものとなって胸を締め付けてくる。
(いやだな………。)
その時が訪れた時、自分は果たしておめでとうをちゃんと言えるだろうか。
いや……言わなきゃ駄目だ。まだ、それまでに時間はある筈だから…今から少しずつ心の準備をして……
兄さんに、マルコに……きちんとお祝いを、言ってあげないと…………。
…………深い溜め息が、ジョゼの口から漏れた。
机の上に転がったままのペンを拾い上げ、再び…教本とノートに向かい合う。
けれどもいつもの集中力はどこへやら…ジョゼは真っ白なノートをしばらくの間…ただ、見つめていた。
*
「どうした、ジョゼ。食わないのか。」
その日の夕飯時、中々食事に手を付けないでいるジョゼに対してジャンが訝しげに尋ねる。
………しかし、彼女は何も答えない。ただ黙って、テーブルの上に視線を落とすのみであった。
「………………………。」
そんなジョゼの事を見かねたジャンは、彼女のパンを手に取ってそのまま強引に口にねじ込む様にくわえさせる。
「食欲無くても食っとけ。腹減って寝れなくなるぞ」
何とも言えない顔をして口をもごもごと動かす妹の事を一瞥すると、ジャンは自身の食事を再開させる。
向かいに座っていたマルコは……ジョゼが、未だに朝のベルトルトの発言を気にしているのでは無いかと少々心配してはその様子を見守っていた。
まあ案の定……その通りなのだが。
(相変わらず兄さんは優しいなあ……)
言われた通りに、ゆっくりとではあるがようやく食事に取りかかるジョゼ。
(もしかしたら……結婚しても、時々なら私の相手も、してくれるかもしれない………)
そうだ。何も結婚した時…生涯の別れになる訳ではないのだ。
一ヶ月に一度とか…いや、数ヶ月、半年に一度でも良い。会う時間を、彼なら作ってくれるのではないか…と、ジョゼは胸の中にほんの小さな希望を灯らせる。
「あの……兄さん。」
そして、それを尋ねる為にゆっくりと口を開く。
もう食事も終盤に差し掛かっていたジャンは一度手を止めて、いつも以上におどおどとしている妹の方へと視線を注いだ。
「あの…その。もし、結婚しても、私と…会って、話して…くれる?」
「……………………は?」
………………ジャンの目は点になった。
……そうなのである。ジョゼの中では考えに考え抜かれ吟味された言葉でも、ジャンにとっては初めて耳にする自身の結婚という事態。
彼は首を傾げるのも忘れて口を半開きにしたまま…ジョゼの事をしばらく見つめてしまった。
その向かいで、マルコは……案の定だった、と頬杖をついてその様を眺める。
それから固まっては拮抗状態にある兄妹に対して、「あー、僕から説明しよう。」と軽く咳払いをして、ジョゼの身に起きた事をジャンに説明し始めるのであった。
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