(13巻と14巻の間くらいの時間軸)
「……………………。」
夜も深まった頃……水を飲みに下の階に下った私は、目の前で繰り広げられていたあまりにも珍妙な光景にただ目を瞬かせる事しかできなかった。
「…………あ。ヒストリアちゃんだ」
ひどい寝癖で髪をぼさぼさにした視線の先の人物もどうやら私に気が付いたらしい。
「こんばんは…いや、おはよう?……おはようにはまだちょっと暗いか………こん、いや、おはよ……お、おはばんは?」
「ジョゼ、ちょっとおちついて」
眉をしかめて挨拶の言葉を必死に探すジョゼを遮る様に、私は冷めた声で告げた。
ジョゼは深呼吸をひとつすると、「うん……。おちついた、と思う。」と呟いてから再び手元の作業に戻る。
………この人は……身長がユミルと同じ程に高いのにも関わらず、内面は至って大人しい、且つ謎が多い人物だ。そして顔の怖さはユミル以上。
今、彼女が懸命に取り組んでいるものは………いらない書類を使用した、折り紙だった。
ランプの弱々しい光で浮かび上がる室内で、集中しているが故に元より恐ろしい顔の表情筋を更に強張らせて紙を折り畳んで行くジョゼの姿は…まるで、何かの呪いの儀式をしている様にしか見えなかった。
…………随分前から取り組んでいるらしい。
彼女の周りには、紙で出来た鶴、カブトムシ、犬、魚、小鳥、蛙、薔薇、百合、菊、チューリップ等が取り巻く様に置かれていて、それはもう賑やかな光景だった。
私はその特殊な有様を横目で見つつ、水差しから水をコップに汲み、一気に飲み干す。
渇いた喉が潤って、少しだけ気分が良くなった。
目が冴えてしまったので、何とはなしに懸命に折り紙に取り組むジョゼの手先を眺める。
…………文字で埋め尽くされてくたびれた紙を半分に畳んで、しゅっと気持ち良い音を立てながら押さえて折り目を付けた。
また半分。小さくなったそれに差し込んだ指は…私のものより随分長い。…少しだけ、節が目立つ。
折っては伸ばしを繰り返しているうちに、何の変哲も無かった紙は、ジョゼの掌の中で花弁の多い花となった。
出来上がったそれを繁々と眺めていたジョゼは…やがて私に遠慮がちに視線を映すと…「な、なあに?」と戸惑いつつ尋ねてくる。
……随分とじっくり見入ってしまっていたみたいだ。
私は、「ううん…器用だな、と思って…。」とありのまま感じた事を述べた。
「器用かな…。簡単だし…楽しいから、誰でもこれ位出来るよ…。ヒストリアちゃんも、やってみる?」
ジョゼは私の率直な意見に少し照れたらしい。ランプに照らされた頬を少しだけ染めながら、私にも紙を差し出してくる。
「……………………。」
………あまり、綺麗な文字で書かれた書類ではない。恐らく、ハンジ分隊長の作ったものだろう。
私はそれを見下ろして、しばし口を噤んではじっとしていた。
「あ、ごめんね…。眠いのに無理に誘っちゃって…、疲れてるのに、気が回らなくて、ごめん。」
ジョゼは私の反応を何か勘違いしたのか…ばつが悪そうに言って、手にした書類を引っ込めようとする。
「いや…眠くは無いから…。大丈夫。」
私はそれを引き止める様に紙を受け取った後、彼女の隣に着席した。
………正直。折り紙には毛程も興味は無かったが、言った通り眠く無かったのと…ジョゼという人物が少々気になってしまったのか…何となく、傍を離れ難かったのだ。
――――――
「………ジョゼは、やっぱり器用だよ。」
少しして、自分の手の中でぐしゃぐしゃとなってしまった紙を見下ろしながら私は呟いた。
隣のジョゼは、新たに生み出された蝶々を脇に置きながら、きょとりとこちらを眺めている。
………同じ手順を踏んだと言うのに、何故こうも出来が違うのか。
「えっとね…。折る時には、まず折り目で見当を測ってからやると綺麗にできるんだよ。ほら…ちょっと貸してね。」
ジョゼが、また長い指で紙を丁寧に畳んで行く。二度折ったものを開くと、そこにはばってんに折り目が入っていた。
「こうすると…真ん中が何処か分かるでしょ。…今度はそれに従って、中心にと…そう。そんな感じで…。
………これできっと、次は上手くいくよ。」
………ジョゼに言われた通りに折って行くと、確かに…幾分、先程よりはうまくできたかもしれない。
なんとなく満足感を感じて、羽に沢山の文字が走り書きされた蝶を眺めていると、頭にぽん、という感触が。
あれ………。
な、撫でられている。……どういう訳だか、ジョゼが私の頭を相変わらずの凶相鉄面皮のままで撫でているのだ。……正直、表情が全く持って読めないので何を思ってこんな事をしているのかさっぱりだ。
「…………良かったね。」
よしよし、と、仕上げとばかりにもう一度撫でては、ジョゼは何でも無かった様にまた新しく紙を取り出して折り紙を再開する。
…………………謎である。この人物の行動は本当に予測が出来ない。
(でも………。)
ちら、と隣で真剣に折り紙に取り組むジョゼの事を眺める。
………やはり、ジャンに似ていた。だが…それでもジョゼは女の人なんだな、とどうしてか感じさせる顔立ちをしていると思う。
それが何処なのかと聞かれては…はっきり答える事は出来ないけれども……。
(ジョゼの傍は……嫌いではない、かも。)
特別仲が良いわけではないが……なんとなく、そう思うのだ。やはり、その理由を上手く述べる事はできなかったが……
(いや……ひとつ挙げるとしたら、…)
「ジョゼは、優しいよね…。」
ぽつりと零す様に呟けば、ジョゼは少々驚いた様にこちらを見る。
それから、随分と戸惑った様に「そ、そうかな…」と応えた。
「うん。顔は怖いけど。」
「あ、うん、そう。……知ってる。」
「でも、優しいと思う…。すごく。」
率直に述べれば、みるみるうちにジョゼの頬には朱が差して行った。随分と彼女は照れ屋の様だ。……いや、褒められ慣れていないだけなのか…。
「折り紙教えるのも上手いし…本当は、教師とか向いてるんじゃないかな。あ、でもちょっと顔が怖過ぎるね。それだと子供が泣いちゃう。」
「うん……。そうだね。」
ジョゼは項垂れながら私の言葉に相槌を打つ。
そして……少々の溜め息を吐いてからほんの少しだけ口角を持ち上げて、笑った…。のかな。
「ありがとう。優しいだなんて言ってくれたのは…家族以外で、ヒストリアちゃんが二人目だよ。だから、凄く嬉しい。」
「二人目…?」
彼女の言葉に首を傾げれば、ジョゼは目を細めて…「うん、二人目。」と穏やかな声で言った。
………ジョゼを取り巻く空気は、とても柔らかだった。
どういう訳だか私はそれ以上何も言えなくなり、口を噤む。
ジョゼはとくに沈黙を気にした様子は無く、また折り紙を黙々と折り始めた。
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