「ねえ…なんでこんな深夜に、折り紙をしているの?」
少しして…ジョゼを取り巻く紙で出来た花や動物がまた増えた頃に、私は尋ねた。一番疑問に思っていた事である。
ジョゼは…一度作業する手を止めた後…少し考える様に遠くを眺めた。
「………別に、折り紙じゃなくても良かったんだ。……時間をつぶせれば、何でも良かった。」
ジョゼの声は小さかった。けれど、夜の静寂の中ではよく通った。
私は、小さく頷いてから…「眠れないの?」と聞く。
それに対してジョゼは、「寝たく無いんだ。」と端的に答えた。
「………………………。」
私の無言の問い掛けに、ジョゼは気付いたらしい。ゆっくりと顔をこちらに向けると、また小さな声で話し始める。
「…………すごく、幸せな夢を見たんだ。」
声の合間には、窓を揺らす風の音が聞こえる。それから微かに犬の鳴き声がする様な気が…した。
「また寝たら、それを忘れちゃうかも知れない。………もしくは、続きを見てしまうかもしれない。
……………。どっちも凄く怖い。……………だから、寝たく無いんだ。」
それだけ言うと、ジョゼは固く口を結んでしまう。
……………今度は、折り紙に手を付けようとはしなかった。机の上には、人形…らしきものが、折りかけのまま静かに横たわっている。
「……………良い夢だったんだね。」
何となく…気持ちが分かる気がして、私は同じ位小さな声で呼びかける様にしながら、机の上に置かれたジョゼの掌をそっと握った。
「うん……。良い夢だったんだ………。」
彼女はそれを握り返しながら、私の言葉を反復して呟く。
表情は依然として変わりがないが、それでも…声色の背景には少しの寂しさが感じ取れた。
少しの間私たちは、何も言わずにただ手を握り合っていた。
ジョゼの掌は、予想に反して温かい。………ちょっとだけ、眠くなった。
「ね、ジョゼ。」
私は、もうひとつ疑問に思った事を口にする為にジョゼの名前を呼んだ。彼女は、瞳だけこちらに向けてそれに応える。
「なんで……私の事、ヒストリアちゃんって呼ぶの?」
そう尋ねれば、ジョゼは少しだけ首を傾げて考え込んでしまった。
「……ヒストリアちゃんは、ヒストリアちゃんでしょう?」
どうやら、よく質問の趣旨を理解していなかったらしい。その表情はとても不思議そうなものを描いている。
「違うの……。ミカサとかには、ちゃんを付けないじゃない?……なんで、私だけちゃん付けなの?」
私が補足すると、ジョゼはようやく腑に落ちたのか…ぽん、と手を打ち合わせた。
それからおもむろに手を伸ばして、またしても私の頭を撫でる。
…………????
謎。………本当にこの人は謎だ。
「…………かわいいからじゃないかな。」
そしてぽつりと一言。
「あと、ヒストリアちゃんは私の憧れだから。何だか、そう呼びたくなった。」
手を離しながら穏やかな声でもう一言。
「………憧れ。」
その言葉にどういう意味があるのか全く理解できずに、訝しげに繰り返す。
ジョゼは、言葉を選ぶ様に天井に視線を彷徨わせてから、その鋭い形をした瞳を再び私に向けた。
「……ヒストリアちゃんは、ほら…小さくて、可愛いじゃない。気だってよく回るし……私と真反対だなあ…って思って。」
そう零した後、更に私の顔をまじまじと眺める。…そんなに見つめられると、何だか照れ臭くなって来てしまう。
「…………うん、可愛い。」
そう言ってジョゼは何かを納得したらしく首を上下にこっくりと振って頷いた。
私は…どう反応すれば良いか分からず、ただジョゼの瞳を見つめ返す。
「………ありがとう。」
私は、ひとまずではあるが…ぽつりと礼を述べた。
…………可愛い。
今まで、色んな人に言われて来た言葉だけれど、正直実感が湧かない。
(むしろ………私なんかより、よっぽど…)
「ジョゼの方が、可愛いよ。」
そう言えば、ジョゼはまたしても切れ長の瞳を目一杯瞬かせて驚きを表現する。
…………後、くしゃりと目尻を緩めては、今度ははっきりと分かる形で……笑った。
「そう言ってくれるのも、家族以外で…ヒストリアちゃんが二人目だなあ。」
その時のジョゼの表情は、何だか無邪気な子供の様で…やっぱり、可愛かった。
「あの…私。」
私は何かを言いかけるけれど、それは上手く言葉になってくれなかった。
「もう……ヒストリアちゃんは寝た方が良いよ。……おやすなさい。」
ジョゼは、出来上がった大量の折り紙の内から蛙を摘まみ上げて眺めがら、私に寝る事を薦める。
でも、私は首を横に振ってそれを拒否した。……何だか、ジョゼを一人きりにしたくは無かったのだ。
「もう少し…私に、折り紙教えてくれる?」
私もジョゼと同じ様に、薔薇の花を象った折り紙を摘まみ上げて眺めながらそう尋ねる。
ジョゼは私の方にじっと視線を寄越した後に、「………うん。良いよ。」と少しだけ目を伏せて答えた。
……………睫毛が、長かった。
それが、とても女性らしく感じられて…私は、且つて彼女の事が大好きだった男の子の姿を思い浮かべた。
私自身は、あまり話した事は無かったから、いつの間にか朧げにしか輪郭を思い出せなくなってしまっていたけれど………
それでも今の私には…何となくだけれど、分かった。
きっと彼は………こんな気持ちだったのかな、と。
こんな気持ちだったに、違いない…と。
翌朝…机に突っ伏して爆睡している二人と、その周りに散乱する折り紙を発見して仰天したリヴァイが、ページ数延べ2,667頁のお掃除大全の角でそれぞれの頭を殴りつけて叩き起こす事になるのだが…それはまた別のお話。
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