(すごい…………!!すごい、すごい………!!!!)
私は、その日の訓練が終るや否や自分たちの駐屯場から駆け出してジョゼの元へと向かった。
(素敵……!素敵すぎる………!!みんな本当に格好良かったけれど………中でもやっぱりジョゼが一番素敵………!!!!)
――――トロスト区での訓練もいよいよ終わりが近付いたある日、私たちは優秀な人物の多いウォール・ローゼ南区の訓練兵たちの演習を見学する運びになったのだが………
(あれ………、ジョゼ?)
そう、そこにはジョゼの姿があったのだ。ウォール・ローゼ南区と聞いてもしかしたら彼女に会えるかもとは思っていたが、まさかこんなに早く発見できるとは。
そして何より驚いたのは……彼女の立体起動を操る動きが、同じ期の訓練兵とは思えない程手練れていた事だ。どうやら彼女は成績優秀者に名を連ねる人物だったらしい。
周りの訓練兵たちの動きも自分たちとは比べ物にならない程優秀で……優秀な人たちの周りには優秀な人が集まるとは、本当である。
(あ………!急に押し掛けて、迷惑じゃないかなっ……!)
最近、事あるごとにジョゼがいる駐屯場に押し掛けてしまっているので、流石に行き過ぎかと気が引けてしまうが………
(ううん、とにかく今は凄かったよ、皆褒めてた……教官にも褒められてて…おめでとうって言いに行くのっ……!)
そう気を取り直して、私は………通い慣れてしまった道をまた一歩と踏み出して行くのだった………。
*
「ミカサ……。そんなに包帯ぐるぐる巻かなくても大丈夫だって。これじゃ骨折したみたいだよ。」
少女が扉を開けて中へと足を踏み入れると、そこでは困った様にしているジョゼと、無表情で彼女の手首に包帯を巻き付け続ける臙脂色のマフラーの女性が目に入った。………確か、先程の演習で最も優秀な成績を収めた人物である。
その光景を見て……少女は思わず息を呑む。明らかに普通の処置ではない。……どうやらひどい怪我の様だ。
「ジョゼ……!大丈夫なの……。さっきの演習で、どこか怪我しちゃった?」
ひどく心配になって近付きながら言葉をかければ、包帯を巻いていた女性の眉はぴくりと動き、ジョゼは「いや…これはちょっとひねちゃっただけで……」と何やら弁明しようとする。
「貴方」
しかし、そんなジョゼの言葉ははっきりとした声によって遮られた。少女は急に呼びかけられた事にびくりと肩を揺らし、目を数回瞬かせてミカサの事を眺める。
「………貴方。今から起こる事を、よく見ていて。」
それだけ言うと、ミカサはジョゼの事をじっと見つめる。ジョゼ、少女は共にこれから何が起こるのかさっぱり予想がつかず、不思議そうにするしかない。
………ミカサは、意を決した様に軽く頷くと、ジョゼの襟元をぐいと掴んで自分の元へと引き寄せる。
一瞬の出来事だったのでジョゼは回避する術もなく、されるがままミカサの方へ強引に引っ張られてしまった。
がちん
鈍い音と共に……………その駐屯場にいた人物たちは皆、一様に眼前の光景に目を見張った。
ある者はあまりの事に何かに足を取られて横転したり、手に持っていたものを取り落としたりもした。
…………それだけに、その景色は異様にして異質なものだった―――――――。
「ちょっとおおおおおおおお!!!!????」
いの一番に奇声を発して状況に応対したのはジャンだった。
彼は、しっかりとジョゼの頭を抱え込んでいるミカサの掌を引っ剥がすと、そのままずるりと自らの妹をミカサの傍から引きずり出す。
対してジョゼは……恐らく凶悪なミカサの歯が当たって切れてしまったのだろう。唇の端から血を流して呆然としていた。
「ちょっ、待っ……ミカサ、!お前どういう、一応こいつはこれでもファッキスで………!!??」
ジャンは何かもう色々と泣きたかった。混乱しつつも言葉を並べるが、それは文章の体をあまり成していなかった。
「違う…………。」
ここでぽつりとジョゼが呟く。ようやく気を取り直したのか、唇の端から流れ出る血を拭っては小さく息を吐いた。
「………ファーストキスでは、ない。」
「「えええええええええええええ!!??!!??」」
彼女の言葉に、固まって小刻みに震えていたマルコも参加して驚嘆の叫び声を上げる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょおーっと待ってくれ!ジョゼ、お前、ファーストキスじゃないって一体どういう」
そしてマルコはジョゼの肩をゆっさゆさと揺さぶりながら早口でまくしたてる。
「そそそそっそうだ、オレだって知らねえぞ、一体全体どこの馬の骨に奪われた!!??場合によっちゃ許さんからなああああああ!!??」
ジョゼは……男性二人に囲まれて、少し考える様な仕草をしてから……「うん、やっぱりファーストキスではないよ。これは。」と自らの唇を軽く触りながら言う。
「だって……私の初めては兄さんだもの。」
そう言いながら、ジョゼは細長い指を真っ直ぐ1本立ててジャンの事を指差した。
……………彼女のその一言に………周りは、(ああ、やっぱり)という感慨を胸に抱く。
ジャンは………鳩が豆鉄砲を食らってような表情をしていたが、やがてやにわに上機嫌となり、妹の肩に腕を回しては「お、おう……!そうだ、そうだったなあ!!」と高らかに笑い始めた。
それに対してマルコは、「駄目だ、ノーカウント、親族はノーカウントだから!!!認めてたまるかあ!!!」と叫んではジャンへと訴える。
しかしジャンは「最初は最初ですう。」と聞く耳を持たない。
「………親族がノーカウントなら」
……………いつの間に背後に来ていたのか、ミカサがぼそりと呟く言葉が辺りに響く。
「やはり、私がジョゼの初めてという事になるけれど」
「いやいやいやいやいやいやいや、同性もノーカウントだからあ!!!!!」
マルコはなんかもう必死だった。
「で、貴方。」
そこでミカサはようやくコキンと固まってしまっていた少女へと向き直る。
「貴方と、ジョゼはキスはしているの」
唐突な質問。少女は意味が分からなくなり、とりあえず力なく首を振った。
「そう……なら、私とジョゼの方が深い仲という事。」
何処か勝ち誇った様に満足して言うミカサに対して、少女は更に訳が分からないという表情をする。
「あ、あの……。大丈夫?」
固まってしまっている彼女に対して、ジョゼが気遣う様に声をかけた。
そして……お下げの少女の肩にそっと手をかけた時、間髪入れずにその掌が引かれる。
――――――周りは、改めて混乱に陥る事となった。
今度は、先程の荒っぽいものとは違い、優しいものではあったが……1日に2回も…それも両方女性同士のキスを目撃する事となった皆の心の内は穏やかでは無い。
「これで、私もジョゼと深い仲……っ!」
にこりと、何処か楽しそうに告げる彼女に対して……流石のジョゼも照れて来たのか頬を赤く染めていた。
「ねえジョゼ。私、ジョゼと仲良くなれて凄く良かった……!ここでの訓練が終ったら長い事会えなくなっちゃうけれど…それでも、ずっと友達でいてね…!!」
そう言って花が咲いた様に明るく微笑んだ少女は、足取りも軽くジョゼたちの駐屯場から立ち去って行く。
彼女の後ろ姿を見守りながら……ジョゼは、ぼんやりとしながら自らの唇へと触れた。
何処か切ないその表情を眺めていると、ミカサの胸の内にはまた堪らない気持ちが去来する。
「ジョゼ………!消毒するから、もう一回………!!」
という彼女の提案によるカオスキスは、ジョゼの兄と親友の手によって阻止されたという………。
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