「ジョゼ。今日の午後の訓練は……確か私と同じ班の筈。」
「………そういえばそうだったねえ。」
「その事で予め作戦を話し合いたい。」
「珍しいね。本能の赴くまま行動するミカサが作戦だなんて。」
「だから、今日のお昼は私と一緒に食べて欲しい。」
「……………………。」
ミカサの提案に、今まさに昼食が包まれた渋紙を持って立ち去ろうとしていたジョゼは何かを考える様に中空を見つめる。
「あとで……すっごく一生懸命作戦聞くから……今は「駄目」
あくまで昼食をここで摂ろうとしないジョゼに対してミカサはきっぱりと言い放つ。
するとジョゼは困った様に目を泳がせてしまった。彼女のその反応は、ミカサの心の柔らかい部分をじくりと刺してくる。
(また……あの女の所に行くつもりなんだ……!)
そう思えば、どんな手を使ってでもジョゼをここから離したく無くなった。
気付かぬ内に険しい顔をしてジョゼの事を見つめれば、彼女は自分を宥める様に空いている掌を肩の上に置いてくる。
「ミカサ……。訓練では決して足を引っ張らない様にするから……今は行かせてくれないか「駄目」
またしても意見を一刀両断されてしまった事に、ジョゼは思わず溜め息を吐いた。
「…………ミカサは、一人ぼっちでご飯食べた事、ある?」
そして、瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら質問をする。
「普通……誰にだってあると思う。」
突然の問いかけを訝しげに思いながら返答すると、ジョゼはゆるゆると首を振った。
「違うよ……一人で、じゃなくて。一人ぼっちで。………それは、本当に美味しくなくて、寂しくて……辛いものなんだよ。」
ジョゼはそっとミカサの肩から手を離す。
「だから……私はどうしてもあの子の事を放っておけないんだ。‥‥一緒に、いてあげたい。」
そっと笑いながらジョゼは言った。そしてミカサの脇をするりと通り抜けつつ「出来るだけ、早く帰ってくるよ。」と告げる。
「ジョゼ、待っ…………」
その時のミカサは……確固たる足取りでここから離れて行ってしまうジョゼを引き止める術を、持ってはいなかった。
やるせない気持ちの中……ただ。その後ろ姿を見送るしかない………。
*
ミカサは……むすりとしながら昼食の固いパンを口に運んでいた。
その様を、エレンはとくに気にした様子は無く、アルミンは少々心配そうに見守る。
「ジョゼは…あの女に、騙されている。」
そして開口一番にその一言。アルミンは思わず首をゆるゆると左右に振った。
「別に騙されちゃいないと思うよ……。」
しかし、そんな彼の言葉は勿論ミカサの耳には入っていないらしく、彼女はひたすらにガリガリとパンを噛み砕く。
「だって第一おかしいじゃない……。根暗で対人恐怖症で重度のコミュニケーション障害のジョゼがああも簡単に友人を作るなんて……」
「ミカサ……。君、結構ひどい事言ってる上にそれ、凄まじいブーメランだって事分かってる?」
「あの女、一体何が目当てでジョゼに………。もし、ジョゼに害が及ぶ様な事があればその前に私が何とかしないと………。」
「ジョゼにそんな狙われる様な利用価値があるとはオレは思えねえけどなあ。強いて言うなら顔が怖いからボディーガードになる?あ、駄目か。あいつ、中身はただのへっぴり腰だしな。」
「エレンも相当ひどい事言ってるって自覚ある?」
アルミンは何だかジョゼが可哀想になってきた。
「まあ、普通に考えてジョゼに新しい友達ができたーって事で良いんじゃねえの?」
良い事じゃねえか、と言いながらエレンは水を飲む。彼はこの件にはいたって興味が無さそうである。
「でも……!あれが良い人間とはまだ決まっていない…!もし、ジョゼに悪影響を及ぼす人物だったら……」
「深く考え過ぎだろ。オレ達だって純善人とは言い切れないだろうが。」
エレンの言葉に、ミカサは思わず口を噤む。そんな彼女をエレンは呆れた様に見つめた。
「………言ってみろよ。何がそんなに不満なんだ。」
エレンの問いかけに、ミカサは少々逡巡した後……ぽつりと、言葉を零した。
「だって……ジョゼの女の子の友達は、私なのに………」
それを聞いて、アルミンとエレンはああやっぱり…という様に目を見合わせた後、二人揃って大きく息を吐いた。
「お前はやっぱりそれか」
そう言いながらエレンはミカサの額を軽く叩く。突然の小さな痛みに驚いたのか、ミカサは額を抑えた。
「お前なあ、ジョゼにこれから一生友達を作らせねえつもりか。いつまで経っても性悪ジャンとマルコしか話し相手がいないんじゃ可哀想だろうが。」
「でも……友達なら私がいる……。それにエレンもアルミンも……。」
納得できずに項垂れるミカサを眺めては、アルミンは苦笑してまあまあ、と場を落ち着かせる様にする。
「エレン…。ミカサはジョゼの事を本当に大事に思ってるんだよ。だからあんまり責めないであげて。」
エレンは、別に責めてねえよ…呆れてるだけだ、と言って頬杖をついた。
「ミカサも……友達なら、引っ込み思案なジョゼに友達ができたって喜んであげないと。」
だが……優しくかけられたアルミンの言葉も、ミカサの腑には落ちなかった様である。彼女はただ、眉をひそめただけだった。
「ジョゼと…一番仲が良い女の子の友達は、私だもの…。」
そして、まるで少女に戻ったかの様な口ぶりで先程と同じ様な事を口にする。
仕様が無いなあ…と思案した後、アルミンは「それじゃあ、尚更ジョゼの幸せを喜んであげないと、おかしいんじゃないかな?」と少しだけ意地悪な事を零した。
「それは……でも……!」
「現に今ジョゼはあの子と仲良くなれて幸せだと思うよ?昨日尋ねて来てもらえた時も、何処か楽しそうだった。」
アルミンの言葉に、ミカサの心の奥にずきりとした感触が走る。
そう……確かに、昨日のジョゼは楽しそうだったのだ。表情の変化が少ない彼女にしては珍しい程に、分かりやすく。
「私たちと……、私と、一緒にいるよりも………?」
ミカサの言葉に、アルミンはただ優しく笑って目を伏せた。
「もしかしたら……そうかもしれないね。それは誰にも違うと、完全には言い切れないよ。」
そう言いながら空になった各々の食器を片付け始めるアルミン。切ない空気を纏いつつも、ミカサはとっくのとうに食事を完食していた。
「そんなの……。嫌だ。すごく嫌……。」
小さく呟いたミカサの声は、席を立ち上がっていたエレンとアルミンには届いていなかった。
彼女の瞼の裏には、今頃名残惜しそうに別れを告げているであろうジョゼと少女の姿が浮かぶ。
(私がいるだけじゃ……ジョゼは、満足してくれないの)
ジョゼに気遣われて…優しくされる彼女の事がとても羨ましかった。
私とジョゼは確かにとても仲が良いけれど、あんな風に労る様に大事にされた事は無かったから。
瞼を閉じると、先程の自分から遠ざかって行くジョゼの背中。
本当……アルミンが言う様に、ジョゼの幸せを喜んであげなきゃいけない事は分かっている。
けれど、やはり堪らないのだ。
……友達に、友達が出来た位で、この世が終りそうな程の気持ちになるなんて。
ミカサは深く溜め息を吐くと、臙脂色のマフラーを巻き直してエレンとアルミンの後を追った。
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