いつか見る空 | ナノ
(おまけ編のみ14巻ネタ有。前中後編は13巻特典DVDの期間中としていますが、内容は知らなくても差し支えはありません。)



「あの………」


トロスト区での実習が続いていたある日の事。


その日の訓練も終わりに差し掛かった頃、おずおず、と言った体で資材運びをしていたミカサとエレンに声がかけられた。


見ると、何処か不安そうな面持ちの痩せたお下げの少女が一人、こちらをじっと見上げている。


「あの……!ジョゼ……ジョゼ・キルシュタインは、どこにいますか……!」

そしてよく見知った友人の居場所を尋ねてはびくびくと小動物の如く怯えてこちらの様子を伺っていた。


制服を身につけている事から兵士ではあるのだろうが……その顔に見覚えは無い。

恐らく、他の区域から集まってきた訓練兵だろう。


そんな見知らぬ兵士が、何故こうも怯えながらも自分たちにジョゼの居場所を尋ねるのか(確かにエレンもミカサもあまり人相の良い方ではないのだが)……エレンは不思議に思い、ミカサは何だか嫌な予感を覚える。


「ああ、ジョゼならジャンかマルコのどっちか探せばすぐに見つかるだろ。ついて来いよ。」


そして…エレンはあまり深く考えずに女性兵士に快く告げた。途端に彼女の顔色はパアッと明るくなる。


「エレン……ジョゼは疲れている。何も今じゃなくても」

彼に対してミカサはジョゼにこの少女を会わせる事を多少渋った。………何だか、良く無い気持ちがするのである。


「そんな事言ってたらいつまで経っても会わせてやれなくなるだろ。それに折角ジョゼの友達が尋ねて来たんだ。あいつ友達少ねえから追い返したって言ったらきっと悲しむぞ。」

ずばずばと本当の事を言うエレンの言葉に、少女は「そんな……友達なんて、私はただ……」と頬を染めてしどろもどろになる。

彼女の反応を見て、ミカサの胸の内には更に嫌な感覚が澱の様に降り積もっていった。


エレンに先立たれて自分たちの駐屯場まで案内される少女を見下ろしながら……ミカサは、理由の分からない溜め息をひとつ、吐いた。







「ジョゼっ………!」

駐屯場に到着し、ジョゼの姿を確認するや否や、少女は駆け出して彼女の傍に寄る。


対してジョゼは驚いた様にその光景を眺めていたが、やがて自然な仕草で自分の胸に収まってくる少女を「どうしてここに……」と呟きながらも抱き返してやった。


「あの……!私、邪魔だったかなあ?ごめんなさい。もうすぐそっちも訓練が終るって聞いて……それで少しだけ一緒にいられたらって………」

「ううん……邪魔じゃないよ。ちょっと驚いただけ……」


早口で弁明を口にする少女に対して、ジョゼはぼんやりとした口調で応えながらも頭髪を撫でてやる。


嬉しそうに目を細めてそれを甘受する少女の横顔を眺めて……ミカサの胸の内にはちくんとした感情が過った。


………とても嫌な気分である。見ていられなくて、目を逸らす。



「………珍しいな。すげえ懐かれてるじゃねえか。」

彼女の兄であるジャンもまたその光景を物珍しそうに眺めながら呟いた。


ジョゼは「懐くって…犬じゃないんだから……」と零しながら、尚も自分に縋ってくる少女の背中をあやす様にとんとん、と撫でてやる。


「その子、友達?ジョゼが自分から友達作るだなんてすごいじゃないか。」

「私だって友達くらい作るよ……」


偉い偉い、と笑うマルコに対してジョゼはやや不満げに返答した。


「で、何処でたぶらかしてきたんだ?お前に年寄り以外が懐くなんて明日は槍でも降ってくるな」

ジャンはその光景を少々面白がりながら眺めては質問する。


「たぶらかしてなんか無いよ……兄さんひどい……」

あんまりな物言いにジョゼはじっとりとした目で兄の事を見つめた。

対してジャンはからからと笑って「悪りい悪りい、」と悪びれない。やはり面白がっている。


「まあ……知り合ったのは数日程前なんだけどね……お昼ご飯一人で食べてたから、一緒に食べようって声かけたのがきっかけ……。」

こうして、ぽつぽつとジョゼは話し出す。

ジャンは「ナンパとはやるなあ、ジョゼ」とにやにやと可笑しそうに相槌を打った。マルコはそんなジャンに呆れた視線を送る。


その間もジョゼの胸の内から離れようとしない少女は、とても幸せそうな表情をしていた。ジョゼもまた満更でも無さそうである。


―――――しかし……和やかな雰囲気の面々には申し訳ないが、ミカサは一刻も早くこの少女には帰って欲しい、と思っていた。


別に……自分が何か危害を加えられた、とか迷惑をかけられた訳ではない。


ただ、何の屈託もなくジョゼの傍に身を寄せる少女を眺めていると……堪らなくなるのだ。胸の奥が。







遡る事数日前……私は、震える掌に握りしめた包みを、そっとくず入れの前に差し出した。


お腹はぎゅるぎゅると音を立て、今頃胃袋に収まっていた筈の包みの中のパンを思ってはもの悲しい空腹感を全身に広げる。


とてもむなしい気持ちになって、遂に私はその包みから指先を離した―――――



「捨てちゃ、駄目。」


しかし、後ろから突然かけられた声。

驚いて振り返ると、とても怖い顔をした女性がこちらを見下ろしていた。

………私と同じ兵士の制服を着ている。エンブレムから、訓練兵と分かった。……という事は、年の頃は同じ位だ。

しかし、あまりの威圧感に私は「ひっ」と小さく声を漏らしてしまう。


彼女は私が怯えている事に重々承知しているのか、「怖がらないで、急に噛み付いたりはしないから。」と良く訳の分からない弁明をした。


「―――捨てちゃ駄目だよ……。どんな理由があるにしろ、食べ物は大事にしないと。」


そう言って彼女は紙くずの中に埋もれてしまった、私が先程放った包みを拾い上げる。


「何か嫌いなものがあるのなら私のと交換しよう。………あ、配給物は同じ筈だから意味ないか。」

それともどこか具合が悪かったの……?と気遣わしげにこちらに尋ねてくる様子を眺めながら、あれ。この人は外見程恐ろしい人間では無いのかもしれない…と感じ始める。


彼女は喋りながらも、何とはなしに拾い上げた包みの中身を確認しようと渋紙をぺりと剥がした。


「あ、っ………」

そして………私が止めるのは間に合わず、彼女はその中身を目の当たりにしてしまう。

とても、食べれる状態ではなくなってしまっているそれの姿を。


「…………………。」

「…………………。」


二人の間に気まずい沈黙が舞い降りる。……眼前の女性は……その包みを、そっと元あったくず入れに戻しては溜め息を吐いた。


「………誰か……ご飯を分けてもらえる友達とかは。」

静かな声で尋ねられるので、私は力なく首を横に振る。……そんな友達は、いない。いたら、こんな事にはきっとなってない。


彼女は何かを考え込む様に顎に手を当てる。それから……意を決した様に…けれど、やや遠慮がちに口を開く。


「嫌じゃなかったら……私のと半分ことか…どうかな。」


「え…………。」


思わぬ提案に、私は間抜け声を上げてしまう。

私の反応に、彼女はややばつが悪そうに頬を染めては…「い、嫌なら別に良いんだよ。ちょっと言ってみただけだから……」と尚も自信が無さそうに言った。


「べ、別に嫌じゃない……。嬉しいですけど……。」

「ほ、本当?」

「でも…確か貴方たちは午後から市街での実習が………沢山動くからお腹も減るで」「良かったあ、これで断られたら中々に傷付く所だったから」


私の言葉は遮られ、表情の変化が分かり辛いながらも明らかに機嫌を良くした彼女が私の手を取って歩き出す。



(え……………?)


「どうしたの。」


突然手を繋がれた事に恥ずかしくなって頬を染める私の事を、彼女は不思議そうに振り返る。


「いや………手。」

「手…………?」


…………意味が、よく理解できていない様だ。どうやら彼女の中で手を繋ぐ程度のスキンシップは挨拶を交わす位の当たり前のものらしい。

何だか彼女のペースに乗せられてしまい…けれど、悪い気はせずに隣に並ぶ。……背が、高い人だ。まるで男の人の様。


「ご飯は……いつも、一人?」

歩きながらの問い掛けに、私は少し暗い気持ちになりながら「ええ…まあ。」と答える。


「そっかあ。…………それは、ちょっと寂しいよね。」

「うん………。」

「分かるよ………。」

「………そう、かな。」

「だから………これから、ここにいる間……良かったら、一緒に食べようか。」

「え…………!?」


またしても思わぬ提案に私は足を止める。この人はさっきから急に何を言い出すのだろうか。


「嫌なら良いんだけど………」

「い、嫌じゃない……」


今度は即答だった。多少は混乱していたけれど、それは嘘ではなかった。

彼女は私の返答にホッとしたのか、表情を幾分和らげると、「良かった。じゃあ、しばらくよろしくね。」と淡く笑った。


つられて私も………もう、何週間ぶりになるだろう。心から安らいだ笑顔を作って、それに応えてみせた。



こうして私とジョゼの、トロスト区での実習が終るまでの間、期限付きの友情が始まった―――――



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