いつか見る空 | ナノ
「…………ジョゼは何処に行ったんだ………」


夕食時………ジャンが、顔を真っ青にさせながら零す。


「ジョゼがふらっとどっかに行くのはいつもの事なんじゃなかったの?」


マルコがパンを齧りながらそれに応えた。


「そりゃそうだけど…、ここまで長くオレの傍を離れるなんて今まで無かったぞ…?何かあっても夕食は必ずオレの隣で摂るのがあいつの常だろうが」


「……偶には君から離れたくなったのかもね」


「んなわけねえだろ!!」


ジャンはがたりと席を立ち上がってマルコに反論する。必死な彼に反してマルコは涼しそうな顔であった。


「そうかな、ジョゼにも遂に反抗期が遅れてやってきたのかもよ?」


「なっ……、はんこう、き…?」


「そうそう。『兄さんの事、嫌い』とか『一緒に洗濯物洗わないで』とか言うあの反抗期」


「き、きらい……」


「あいつだって多感な時期の女の子なんだからあんまりに兄貴にべったりされるのは」


…………そこまで言って、マルコは口を噤んだ。ジャンが凄まじいショックを受けた様に椅子にへたり込んでしまったからだ。


「ご、ごめん……ちょっとからかっただけだって」


「………もう良いどうせあいつはオレの事なんか嫌いなんだ」


「そ、そんな事ないって元気出しなよ」


まずい、ちょっと調子に乗り過ぎた、と焦るマルコ。ひたすらにジャンの機嫌を直そうと声をかけ続けるが、それはあまり効果を成さなかった。



そんな二人の会話を背景に、ライナーは青くなる顔色を必死で隠そうと口元に手を当てていた。



夕飯のパンをまた分けてやろうと自身のポケットを弄った所……………いないのだ。ジョゼがポケットの中に。



恐らく何処かで落としてしまったのだろうが……とにかく、これは大事件である。


何処で落っことしたにしろ、何かしらの事件に巻き込まれるのは目に見えている。



「ライナー、どうしたの顔が何だか気持ち悪いよ」


隣に座る長身の友人にも気遣われる始末である。どうにもひどい顔をしているらしい。


「い、いつもこんなものだ。気にするな。」

「うん、それもそうだね。」

「即答か」


ベルトルトはスープを口に運びながらこちらに探る様な視線を向ける。……マズい。もし外に放り出されちまったジョゼがこいつに見つかったら一貫の終わりだ。


「す、すまんベルトルト。腹の調子がどうも良く無い。オレは部屋に戻らせてもらう……」


居ても立ってもいられず適当な理由をつけてジョゼの事を探しに行こうとする。だが…それは奴に腕を掴まれて適わなかった。



「ちょっとお尋ねするけれど、君が先程から神経質に探しているものは……あれ?」



そしてベルトルトは自分たちのひとつ向こうのテーブルを指差す。



その方に視線を向けると…………エレン、ミカサ、アルミンが座するテーブルの上にちょこんと腰掛け、ミカサに差し出されたパンの欠片を両手で受け取るジョゼの姿が………



「なーんでお前がそこにいるんだああああ!!???」



そして盛大にずっこけるライナー。物音に振り返るミカサ、エレン、アルミン。



「…………これは、私が拾った。」


ミカサはジョゼの頭を指先で撫でてやりながらライナーに告げる。エレンは「スープも飲めるか?」と行ってスプーンをジョゼに差し出していた。すっかり馴染んでいる様子である。


「うわっ、それジョゼか!?」


騒ぎに気付いたマルコも輪の中心にいた彼女の姿を発見する。ジョゼもまたマルコへとひらひら手を振った。



「ジョゼ…!こんな時に悪いが、君に頼みがある。すぐ来てくれ」


そう言ってマルコはテーブルに腰掛けていたジョゼの元まで来ると、彼女を掌に乗せて自分の…ジャンと共に腰掛けていたテーブルへと戻って行った。


その背中にはライナーの「丁寧に扱えよ潰れたら一大事だ!」と叫ぶ声が木霊した。彼も彼で相当の心配性である。



「ほら、ジャン。ジョゼが見つかったよ。」


………そこには未だに項垂れていたジャンの姿が。ジョゼの名を聞いてそちらをちら、と見るが何かを口の中で呟くとまた俯いてしまう。


マルコは参ってしまった。………相当落ち込んでるな、これ。ジョゼの身体の異変に反応する元気が無い程に。


ジャンの落ち込み様に流石のジョゼも心配になった様で、マルコの事を見上げて何事かと尋ねる。マルコが簡単に事の顛末を述べてやると、彼女は何かを考える様に数回頷いた。


「マルコ。ちょっと兄さんの傍に降ろしてもらっても良いかな」


そう言って見上げてくるジョゼは…確かにいつもの恐ろしい表情ではあるのだが、サイズが1/10しか無い分…なんというか、それが逆に愛らしかった。


マルコは思わずにやけてしまいながらジョゼをテーブルへと降ろす。そんなマルコの謎の微笑みに、ジョゼは小さく首を傾げた。



「兄さん、兄さん」



そしてジョゼは背伸びをしてジャンの耳元まで自身の口を持っていく。


………ジャンは呼びかけには無反応であった。ジョゼは小さく溜め息を吐き、もう一度兄の事を呼ぶ。



「兄さん、私は兄さんの事、ちゃんと好きだよ」


そう言うと、ようやくジャンはもぞりと顔を上げてジョゼの事を見つめた。


「それなら今日……何処に行っていやがった」


拗ねた様に呟くジャンに、ジョゼは「ずっと傍にいたよ」と事もなげに言ってみせた。


「…………ライナーのポケットの中で」


「………………は?」


ジャンはライナーの方へバッと顔を上げる。面倒くさい事が起こる予感を激しく覚えたライナーはサッと目を逸らした。


「おい、どういう事だ。オレがどれだけ心配したと思ってるんだよ」

「イヤまてこれには理由がっ」


ライナーはジャンのローキックを向こう脛に受けて踞る。地味だが非常に痛そうだ。



「ふーん………これはまた随分、縮んだね。」


そして……丁度ジョゼの周りに誰もいないのを見計らって、遂にベルトルトがジョゼの事を摘まみ上げる。


「わ」

突然の事にジョゼの口からは間抜けな声が漏れた。



「………なんでモーセみたいな服着てるの?」


ベルトルトはジョゼが身体に纏っている白い布をぴらぴらと弄りながら尋ねる。


「これは身体が縮んじゃって着る服が無かったから、私のシャツの端を裂いて作った急場凌ぎのものだよ」


ジョゼが淡々と質問に答えると、ベルトルトはほうほう、と頷いて見せる。


そしておもむろにその白い布をぺらりと捲っ……、しかし寸での所でジョゼはベルトルトの手の内からジャンに回収されたので大事には至らなかった。



「てめえ今何しようとしやがった!!!」



ジャンがとんでもない剣幕でベルトルトに怒鳴るが、彼は意に介した様子は全く無く「ヤダこわい」とあくまで冷静かつウザったい。


「だって人形とかそのサイズの人型のもの手に入れたらまず第一にやる事でしょ、これ。」


「お前だけだよ!!!」


ジャンはベルトルトの腹を勢い良くどついた。



「…………おい、ちょっと待て。」


そこにライナーが何かに気付いたのか焦った様な声を上げる。


「確か……ジョゼが元のサイズに戻るのは今日の夜だと聞いた。」


彼の言葉にマルコもまた顔色を青くした。


「と言う事は……もう、すぐ?」


そう呟いてジョゼの方を見ると……ヤバい。狙った様なタイミングで大きくなっている。


その証拠に、先程まで引き摺る様にしていたモーセ状のワンピースが膝の辺りまで来ている。これはヤバい。



「ミ、ミカサ、急いでこの子を女子寮へ連れて帰って!!」


マルコはジャンの掌の中からジョゼを引ったくる様に奪い去ると、それを急いでミカサに渡す。


だが、それでも間に合いそうにない。ジョゼの身体は確実にどんどんと大きくなっていた。



……………現在、食堂では多くの訓練兵たちが食事を摂っている。


ここで年齢にして10代半ばのうら若き乙女(仮にも)であるジョゼが、大衆を目前に公開ストリップ、とは断じてさせてはならない……!!とマルコは強く思った。



「皆さん注目!!!」


そこでマルコは自分たちがいた場所から少し離れた所へ移動し、大きな声で皆に呼びかける。


普段大人しいマルコが珍しく大きな声を出したので、食事を摂っていた一同は不思議そうな顔をして彼の方を向いた。


「今からジャンが面白い事します!!」


「オレかよ!!」


そしてこっぴどい無茶ぶりをジャンにする。


その場に居合わせた皆が何だ何だと言っている内に、マルコはミカサへと目配せをした。


ミカサはハッとした様にそれに頷いた後、ジョゼ(もう幼子程の大きさになっていた)の事を抱えたまま、俊敏な動きでテーブルの脇をすり抜けて食堂を後にする。


それを見届けてマルコはほっと息を吐き、「じゃ、後はよろしく。」とジャンの肩をポン、と叩いた。


あんまりに理不尽な仕打ちと周囲からの期待の眼差しに、ジャンはひたすら泣きたいのを我慢する。


ライナーは…可哀想なジャンに、哀れみと同情の視線を送り、お前がどんなに下らない事をしても大爆笑してやろうと心に誓うのであった―――。



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