「ジョゼちゃん、可愛い....!!」
瞳を輝かせたクリスタとミーナがジョゼの事を見つめていた。
ジョゼはその様な視線に慣れていないらしく、落ち着かなさそうにぶかぶかの元・自分の服の裾を弄っていた。
「だからやっぱりポニーテールは似合うと思ったんだよ。」
「ねえミーナ、リボンも付けてみようよ。」
「うわあ、それ良いね!まさか今生でジョゼのリボンが見れるとは思わなかったよ!!」
二人は楽しそうにジョゼの長い髪を次々と色々な形に結って行く。周りも何だかんだでそれを見ながら面白がっていた。
「良いなあ、長い髪。私たちは立体起動があるからどうしてもある程度までしか伸ばせないからねえ...」
ミーナがジョゼの髪をふたつに分け、その片方を三つ編みにしながら零す。
「ジョゼも随分ばっさり切ったんだね。この長さの時のジョゼに会えて何だか嬉しいな。」
もう片方を同様に編んでやりながらクリスタも呟いた。
「「はい、完成!」」
出来上がったお下げの先に青いリボンをつけて、二人は同時に言う。
ジョゼは丁寧に結われた長い髪へとそっと触れる。それから「すごい...」と声を漏らして、頬を微かに染めた。
ミーナとクリスタも出来上がった作品を満足げに眺めてはにこにこと笑う。
「もしジョゼちゃんがこのままだったら服とかも買いにいかないとね」
そう言いながらミーナはジョゼを膝の上に乗せてベッドに腰掛ける。クリスタもその隣に座った。
「あんまり高いものは買えないけれど、色んなお洋服を着せてみたいなあ。」
クリスタに頭を撫でられてジョゼは少しくすぐったそうにする。その仕草が可愛らしかったのか、クリスタは優しく微笑んでもう一度撫でてやった。
「......私、妹がずっと欲しかったんだよね。だから、今日は夢が適って良かった。」
自分の頬をつつきながらクリスタが言った言葉に、ジョゼは小さく首を傾げる。
「........良かったの?」
「そ。良かったの。」
「そうなんだ........。」
ジョゼは口を噤み、三つ編みの先の青いリボンに触れる。それからもう一度首を傾げた。
「......何で、やさしくしてくれるの」
幼女の問いに、今度はミーナとクリスタが首を傾げる。
「何でって....。小さいジョゼが想像以上に可愛いから....?」
少しして、小さな掌を握ってやりながらクリスタが答えた。
「かわいい.....。」
ジョゼがそれを握り返しながら言葉を反復する。その声には一抹の不安が紛れていた。
「そう、本当に可愛い。これじゃあジャンが過保護になっちゃうのも分かるよー。」
ミーナが明るく笑いながら後ろからジョゼの髪を撫でる。
ジョゼは撫でられながら少しだけ...目を伏せて、「ありがとう....、ございます。」と言った。
が、次の瞬間ジョゼの体は強い力に引っ張られて宙に浮かび上がった。そして今度は、別の誰かの腕の中に。
ミカサはジョゼの事をしっかり抱き締めながらクリスタとミーナを見下ろす。その眼光の鋭さに二人は小さく息を呑んだ。
「.......入浴してくる」
端的にそれだけ述べるとミカサはジョゼを抱きかかえたままさっさと寝室を後にしてしまった。
「あー...、怖かった。ミカサのヤキモチ焼きも相当だよねー。」
「ジョゼが小さくなってもそこは全く変わらないんだね....」
ほう、と溜め息を吐くミーナとクリスタ。
「もっとジョゼとも話してみたいんだけどね...中々どうとも....」
「......ねえ、私たち女同士なんだよ?それなのにここまでミカサのガードが固いっておかしくない.....?ジョゼはエレンじゃないんだよ...?」
クリスタの言葉に、ミーナは少々考え込む様に目を閉じた。それからゆっくりと目を開き、「......ある意味、女同士だから、かも?」と呟く。
「ええ、それってどういう意味!?」
クリスタが興奮しながらミーナに尋ねた。勿論どういう意味かは大体理解しているのだが。
「......さー、そろそろ明日の準備をしないとねー。」
「ちょっとミーナ!!教えてよ!!」
「知らなーい」
こうして今日も女子寮の夜は賑やかに更けて行く......
*
ジョゼとミカサは...終始無言のまま浴槽に浸かっていた。
ちらとジョゼがミカサに視線を寄越すと、彼女もまたこちらを見下ろす。
少しの間...二人は見つめ合うが、先にミカサがふいと視線を逸らした。
そして小さな小さな声で「可愛過ぎる...」と呟く。
また.....入浴場は沈黙に閉ざされる。遅い時間なので、そこには二人以外は誰も見当たらなかった。
「ジョゼ」
ミカサがそっとジョゼの髪に触れる。長いそれをくるくると指に巻き、熱っぽさを含んだ瞳でジョゼを見据え、名前を呼んだ。
ジョゼは....こんな視線を受けた事はやはり生まれて初めてだった。首を小さく傾げてミカサを見つめ返すと、また彼女は何とも言えない表情を形作る。
「貴方に、三つ編みは似合わない。」
そしてきっぱりと放たれた言葉。ジョゼは何がなんだがよく分からなくなり、もう一度首を傾げてミカサの事を見上げた。
「もとの髪がこんなに綺麗なのだから....。あんな事をする必要、無い...。」
そう言ってミカサはジョゼの旋毛に口付ける。
それからまた「可愛い、」と呟いては色々な場所にキスを落とす。
ジョゼは彼女の言葉と行為を実感なく受け入れていた。
しばらく....言葉の意味を咀嚼し、そして、意味を何となく理解すると....目頭が少しだけ熱くなるのを感じる。
「何で.....」
そして微かな声を漏らす。ミカサは行為を止め、彼女のか細い声に耳を澄ました。
「何で、....やさしくしてくれるの.....」
それは先程ミーナとクリスタにしたものと同じ問いだった。
そして、今のジョゼにとって一番の疑問でもあった。
自分は愛される様な容姿もしていないし、尚かつ皆とは初対面である。それなのに何故こんなにも優しく接してくれるのか。.....まるで、家族若しくは大切な友人の様に。
とても嬉しいけれど、胸が痛かった。家族以外にここまで大事にしてもらう経験は初めてで.....大きな戸惑いが胸中に根付いているのが、幼いながらもよく理解できた。
ミカサは少しの間ジョゼの髪を弄りながら、何かを思案する様にしていたが....やがてゆっくりと、口を開く。
「それは貴方が私に優しくしてくれるから」
それだけ述べると、ミカサはまたジョゼの髪を弄り始めた。
........ジョゼは、言葉の意味を懸命に嚥下しようとする。が.....どう咀嚼しても、それは適わなかった。
私....?私が、この人に優しくした事なんてあったのだろうか......
「ジョゼ」
自分の名前が呼ばれる。しっとりとした声だ。
「.....皆貴方を好き。怖がらなくても、良い。」
そして体がぎゅう、と抱き寄せられる。.....痛い位に。
彼女の言葉に....夕刻の頃、自分の事を悔しげに、そして寂しそうに見つめていた...少し怖い顔をした男性が脳内に蘇る。
......全く持って知らない人間の筈なのに、彼の事を思うとひどく胸が痛んだ。
あれは....誰なのだろう。そして.....私は、あの人に....ひどい事をしてしまったのかもしれない。
(......あんなにきらわれるのが怖かったのに、自分からきらわれる様なことをしてしまうなんて......)
......自分がほとほと嫌になる。ジョゼは胸の痛みを隠す様に、ミカサの白い肌に身を寄せた。
「ジョゼ」
天井から雫がぽちゃりと浴槽へ帰ってくる。その合間を縫って、ミカサの声はよく響いた。
「そして私は貴方が好き。どんな姿でも、形でも関係無い。」
白いタイルで張りつめた明るい浴室の湯槽に、なみなみと一杯にされていた湯には波紋が描かれている。ジョゼはただそれをじっと眺めていた。
「.......もっと、自信を持って。」
その言葉に上を向くと、ミカサの真っ黒な瞳と中空で視線が交わる。
しばらく二人は見つめ合っていたが、やがてジョゼは小さく小さく頷き、「......ありがとう......。」と呟いた。
ほんの一筋だけ涙が零れてしまった事は、湧き立つ湯気が隠してくれただろうか。....いや、隠せていなかったのだろう。その証拠に、彼女の手がこの体を抱き締める力は強くなるばかりだったから.....
→