いつか見る空 | ナノ
「「「え......」」」


その日の夕食時、ミカサが至極大切そうに抱いていたものに対して...一同は唖然とした声を上げた。



彼女の腕の中ではジョゼが...縮んでしまったジョゼが...小さく寝息を立てていたのである。



「何その子、可愛いね。どこから来たの?」


「........医務室で拾った。」


「拾ったって......」


クリスタが早速興味を持った様に幼女の顔を覗き込んだ。それに気付いたのか、ジョゼは薄らと瞳を開けて、眼前の美少女を見据える。


「....ジョゼに凄い似てるね。こんな小さいのに怖い顔してる所がまた可愛い...!!」

そう言いながらクリスタは頬を紅潮させながら小ジョゼの頭をぐりぐりと撫でた。興奮のあまり力の加減がよくできないらしく、ジョゼの頭はぼさぼさになる。


((ああ〜....))


ジャンとマルコは先程のジョゼの反応を思い出し、マズいと思ってがたりと席を立つ。

疲労困憊の中、和やかな雰囲気が漂う夕餉前の食堂で騒ぎを起こすのは流石のジャンも中々どうして避けたい事態だった。



...ジョゼは、一通り大人しく頭を撫でられた後、黙りこくって下を向く。その小さな掌はミカサの服をきゅっと握っていた。



「.........ありがとう、........。」


そして......本当に本当に小さな声でそう告げる。

クリスタはもう辛抱溜まらなくなり、再びその柔らかな髪を可愛い、可愛い、と言いながら掻き回す。ミカサはそれを露骨に嫌そうにしながらクリスタからジョゼを遠ざけた。




「........何か、僕らの時と随分反応違くない?」


マルコが複雑そうな面持ちでジャンに尋ねる。ジャンもまたぽかんとした様にその光景を眺めていた。


「ああ.....」


そして、何かを思い出した様に声を漏らす。


「そういえば....確かすげー昔、ジョゼは近所のクソガキ....っつても当時は年上だがな.....にこっぴどく虐められた事があるんだよ。その所為であいつ一丁前にしばらくの間男性不信になっちまってよ....」

そこまで言って、ジャンは小さく溜め息を吐いた。


「......成る程な。道理で.....。」


マルコは納得した様に数回頷く。


「それでもなあ....オレにだけは懐いててくれたんだぜ...?」


反してジャンは至極不満そうに騒ぎの中心にいる少女を見つめる。はた、と一瞬だけそれと目が合うが、すぐに逸らされてしまった。


「まあ...またすぐ元に戻るさ。」

君が言っていた事じゃないか、とマルコは慰める様にジャンの肩に手を置く。


「だと良いんだがよ....」

ジャンはもう一度溜め息を吐き、椅子に座り直した。




.......とりあえず今は女性陣にジョゼの面倒はまかせておいた方が良さそうだ。


だが....いつも隣にいる筈のジョゼがいない夕飯は何とも味気なく....ジャンは項垂れながらもパンを口に運ぶのであった。










夕食後、ジョゼは自分のベッドに腰掛けていた。そして...暇だった。



ここは一体何処なのだろうか。自分は確か自宅で少し昼寝をしていただけの筈なのに....



........だが、不思議と早く帰りたい、とは思わなかった。男の人が一杯いるのは怖いけれど、ここの皆はとても優しいし......





ふと、彼女の瞳が技巧術の教本に留まる。歯車が描かれた表紙は、元来機械好きのジョゼの興味を大いにそそるものだった。

しかし....それが置かれているのは机の上。同年代の子と比べても小柄なジョゼはとてもでは無いけれど届く高さでは無かった。



「それが見たいの?」


ふと、声が上から降ってくる。ジョゼがその方を見上げると、鋭い形をした青い瞳と目が合った。


............少しの間、ジョゼは体を停止させて薄い火が灯った様なその目を見つめていた。.....自分と似て少々怖い顔をしている。だが....怒っている訳ではないのだろう....


ジョゼはゆっくりと頷いた。.....アニもまた了解、と言う様に軽く頷き、机の上から教本を取り上げる。


そして....それをジョゼに渡すのかと思いきや、そのまま自分のベッドの方へと歩いて行ってしまうので、ジョゼは首を傾げてその背中に視線を送った。


「おいで」


アニは首だけ動かしてこちらを眺めながら一言、言う。

無表情そして感情の籠らない声だったが、ジョゼはそこに優しさの片鱗を感じ取るができ、やはり同じ様に無表情、無感情のまま頷き、彼女の後ろに続いた。







「.......こんなの読んで、何が楽しいんだろうね.....」

隣に座らせた子供がのめり込む様に技巧術の教本を読み漁る様を、アニは小さく溜め息を吐きながら眺めていた。


「あの......」


時折、少女は遠慮がちにアニの服を引いて教本を指差す。読めない単語があるらしい。



「それはトルク。ねじりの強さって意味だよ...」


ジョゼはこっくりと頷き、頬を赤くしながら説明に耳を傾ける。


一通りアニの講義を聞き終えると、少女はまた教本にかじりつく様に視線を落とす。.....知識に一途な様子が、なんというか...いじらしかった。



ジョゼの体に、そっと腕が回る。......それは一瞬だけ強い力で少女を抱き寄せ、すぐに離れた。



何かと思ってジョゼがアニを見上げると、彼女は変わらず涼しい顔をしてこちらを見下ろしている。



「何か、用」



事も無げに言い放たれてしまったので、ジョゼは首を小さく振ってそれに応えた。アニは「そう...」とだけ言って、ジョゼの頭をそっと撫でる。


「前から思ってた」


ふと、アニの口から言葉が漏れた。


「私とあんたは、少し似てる」



その呟きに、ジョゼは首を傾けながら青い瞳の中に映る自分の姿を見つめる。



「こういう事でも無きゃ話せなかっただろうからね....。今日は、良かったよ。」


「.......良かったの?」


「.......うん、良かったよ.....。」



緩やかな手付きでアニの掌がジョゼの肩に回る。

ジョゼは話の内容の半分も把握できていなかったが....ただ、この美しい女性の事は何だか好きだな、という自分の気持ちだけは理解できた様な気がしていた。


なので、それを表す為にその体にそっと身を寄せる。



少しだけ......彼女が笑う気配がした。



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