いつか見る空 | ナノ
「……あれ、そういえば、ジョゼの姿が見当たらないね。」


昼食時、ジャンの向かいに座っていたマルコがぽつりと零す。


その言葉を受けて辺りを見回すジャン。確かにお馴染みの怖い顔をした妹は食堂に見当たらない。


「言われてみりゃそうだな。……また兵法講義の補修にでも引っ掛かってんじゃねえのか、あいつアホだからなあ」

そう言ってジャンはからからと笑う。……君の成績もどっこいどっこいだろ、とマルコは内心思ったが、声には出さなかった。



「でも……思い返してみると午前中の訓練では一回も姿を見てないよ。朝食の時にはいたのに……」

マルコは心配そうにしながらパンを口に運んだ。

そんな彼に反してジャンは「あいつがふらふらどっか行っちまうのは昔からだよ。放っときゃ帰ってくるって」と余裕である。


「………そうかなあ。そうだと良いんだけど……。」


「お前なあ、過保護すぎ。」


「君に言われたく無い」



………………ジャンとマルコのそんな会話を遠くに聞きながら、ベルトルトの視線は隣の席のライナーに注がれていた。



「ライナー」



声をかけると、彼の肩は小さく震えた。………先程から、明らかに挙動不審なのである。どうも気持ちが悪い。



「…………なんで、さっきから胸ポケットにパンくずを詰めてるの」



そして謎の奇行である。ベルトルトの指摘に、ライナーの肩は更に震えた。



「………い、いや、そんな事はしていない。」


「今さっきしてたじゃん。」


「気の所為だ気の所為。」


「ふーん…………」



ジト目でライナーの事を見つめるベルトルト。

そしてその長い人差し指を立てて、おもむろにライナーの右胸ポケットに突き立て…………ようとしたが、それは彼の素早い動きに躱されて適わなかった。ベルトルトは小さく舌打ちする。


「…………な、何をする」


明らかに動揺しつつ自分の胸ポケットを掌で覆うライナー。ベルトルトは確信する。絶対に何かを隠している。しかも至極面白そうなものを。



「ライナー、そのポケットの中身、何。」


ベルトルトが単刀直入に尋ねる。ライナーは目が泳ぎまくりだった。



「…………ちょっと腹が痛いから便所に行ってくる」



そして質問には答えようとせず、席を立って走り出してしまった。

その巨体に似合わず非常に俊敏な動きをする事に定評のあるライナーは瞬く間に食堂から姿を消してしまう。


ベルトルトは、今度は盛大に舌打ちをして逃げられた事を悔しがった。







「………災難だったね」


食堂から程近い倉庫の中にライナーが駆け込んだ時、ジョゼの小さな声がした。



彼のポケットがもぞりと動き、中から留金がパチンと外される。そして顔を出したものは、なんとジョゼだった。



そう、ジョゼ。しかも………大きさが1/10程の。




「……………全くだ。」

そう言ってライナーは胸ポケットの中からジョゼの事を摘み上げ、近くに積まれた箱の上に丁度自分と目線が同じ程になる様に降ろしてやる。


「悪い事をしちまったな………。」

そして、頭をかきながらジョゼに小さく頭を下げた。


「大丈夫だよ。……私、こういう事は結構慣れてるから……。」


「な、慣れてるのか。凄いな。」


感心と呆れが渾然一体となった視線をジョゼに向けるライナー。その口の端からは本日何度目かの溜め息が漏れる。


そもそもの始まりはライナーがいかにも妖しげな調査兵団の眼鏡兵士からこれもまた信用ならない雰囲気たっぷりの薬をもらった事である。

是非飲んで欲しいと言われたが、勿論飲む気等さらさら起きず、代わりに‥‥偶然傍を通りかかったジョゼに飲ませてみようというちょっとした悪戯心が起きてしまい…………


そしてまさかこんな大事になるとは思っていなかったのである。新しく出来た試薬らしいが、随分とオーバーテクノロジーなものを作りやがる。



「‥‥‥‥効果は、今日の夜までらしい。それまで俺の傍から離れるな。でないと何かに潰されちまう。そのサイズじゃ猫だって猛獣の域だろ。」

言い聞かす様にライナーがジョゼの事を覗き込んだ。ジョゼもそれは重々理解しているらしく、首をこっくりと縦に振る。



「……問題は猫なんかよりもっと厄介なあの男なんだが……」



ライナーは思わず顔を伏せ、こめかみの辺りを指で揉んだ。


……あいつの事だ。とっくのとうに何かを感付いているだろう。それを今日一日、どう躱すかが問題だ……



ジョゼもまた同じ様な希有を抱いているのだろう、不安そうにライナーの事を見つめている。



ちんまりとなってしまった彼女を見下ろしながらライナーは少しの間何かを考え込んだ後にひとつ頷き、安心させる様に笑いかけた。



「大丈夫だ。俺が何とかしてやる。」

そう言えば、ジョゼの表情はほんの少しだけ明るくなる。


ライナーもジョゼの反応に励まされ、気持ちを仕切り直す様に深呼吸した後、ジョゼに向かって手を伸ばす。

ジョゼは慣れた所作で彼の掌の上に飛び乗り、「じゃあ、よろしくね」と言って淡く微笑んだ。

それに無言で頷いて応え、彼女を再びポケットへと戻すライナー。


留金をパチンと閉め、気持ちを落ち着かせる為にもう一度深呼吸してから、倉庫を後にした。


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