いつか見る空 | ナノ
「この裏切り者」


あんまりな発言がジョゼの頭上から降ってくる。


半ば呆れた表情で座った状態から顔を上げると、そこにはこちらをじっと見下ろすベルトルトの姿が。


「裏切った覚えは無いよ……。」


そう言ってからジョゼはベルトルトから正面に座っていたライナーへと視線を移し、「ごめんここの問題もう一回教えて」と頼む。



「………こんな酷い裏切りは生まれて初めてだよ!ジョゼの癖に!!」

自分の存在を半ば無視されたのが非常に気に食わなかったらしく、後ろからジョゼの頬を両側に引っ張るベルトルト。ジョゼの口からは奇妙なうめき声が漏れた。



「……さっきからお前は何をそんなにカリカリしているんだ。とりあえず座って落ち着け」

あと手を離してやれ、と言いながらライナーはベルトルトにジョゼの隣の席を薦める。


「これがカリカリしないでいられるものか!よくも僕を差し置いてライナーに勉強を教わったな!!」

ベルトルトは最後のひとつまみと言わんばかりにジョゼの頬を捻り上げてから着席した。ジョゼはと言うと赤くなった頬を擦りながら諦めた様な表情をしている。


(ああー…)


ライナーはベルトルトの発言から事情を何となく察し、また面倒な事になったな…と頭を抱えたくなった。



「だって…教わりたくても君の姿が見当たらなかったんだもの。そこにライナーがいたものだから……」


「そんなものは言い訳にならないもっと懸命に僕の事を探しなさい」


「…………ちなみに何処にいたの」


「ちょっとお腹痛かったからトイレに引きこもってた」


「どうやって探し出せと」



諦めを通り越して悟りの表情をしているジョゼの首に腕を回しながら、ベルトルトはノートを覗き込む。そして間違えている問題が無いのを把握すると少々不満げにした。



「おいあんまりジョゼにひっつくな。一応嫁入り前なんだぞまあ嫁に行く必要は皆無なんだが」


「出た超弩級のシスコン」



そこに丁度通りすがったジャンがベルトルトの体をジョゼから引き剥がし、二人の正面…ライナーの隣に着席する。



「集まって何やってたんだ?」

ライナーに質問すると、彼は小さく溜め息を吐いてジョゼの兵法講義の教本を指差した。


「……追試にものの見事に引っ掛かっちまったこいつの勉強を教えていた時に面倒くさい奴が現れたというところだ。」


「………ああ、面倒くさい奴が……」


そう言ってジャンとライナーはベルトルトの事を見つめる。ベルトルトは意に介した様子は全く無くジョゼのノートの端に落描きをして遊んでいた。



「…………というか最近ジョゼとライナーは仲良過ぎなんだよ……。」


ふいに、ベルトルトがぽつりと呟く。そうかな?と言う様に二人は顔を見合わせた。



「ジャン、もしかしたら将来君の弟がライナーになるのかもしれないんだよ…!?それで良いの?」

ベルトルトがジャンの事をぴたりと見据える。何かを想像してしまったらしく、その顔は青ざめていた。


「んな大袈裟な。」

一方ジャンは呆れた様にそれに応える。ライナーも勘弁してくれとばかりに首を軽く振った。



ふと…そんなライナーの瞳にジョゼの以前より幾分か伸びてしまった髪が留まる。手を伸ばしてそれに触れると彼女は少々驚いた様な表情をした。


「……伸びたな。そろそろ切ってやろうか。」

長さを確認する為に一束それを摘みながら言うと、ジョゼは「うん…、じゃあまたよろしくね」と淡く笑いながら返答する。



「……………ちょっと待った」


そこに響くジャンの声。彼の手はライナーの肩をしっかりと捕まえていた。



「誰が……誰の髪を切るって……?」


ライナーはしまったと思った。


……そういえばこいつ、女の髪には異様に拘る人間だった。マズい。我ながら不用意な発言をしてしまった。



「ライナーが、私の髪を切るんだよ。いつもお願いしているんだ……。」


「いつも…!?」


「…?うん。」


「……聞いてねえぞ。」


「言ってないもの。」


「言えよ。」


「だって聞かれなかったもの。」


「屁理屈抜かすなチョップ!!」


「痛い!!」



ジャンの手刀がジョゼの額に炸裂した。


……今日はジョゼにとって厄日である。色々な箇所がずきずきと痛んで仕様が無い。


「第一ジョゼ、ライナーなんかに切らせたらコニーかどこかの兵士長みたいな髪型になるよ!?僕の方がもっとおもしろ…いや綺麗な髪にしてあげるのに!!10000円で!!」

「お金とるの!?しかも高いよ!!どこのカリスマ美容師!?」


ジョゼはぞっとした様に自分の髪を触る。そしてベルトルトにだけは髪を切らせたく無いと強く思った。



「……何でライナーなんだよ。女に切ってもらえ。もっと器用な奴いるだろ。」


ジャンが非常に不満げな様子で零した。…彼にとってはたかが妹の髪、されど妹の髪である。あまり自分以外の男に触らせたいものでは無かった。



「それは無理だよジャン。だってジョゼはそんな事頼める友達いないもん。」

「ああそれは至極最もその通りだな。」


ベルトルトの発言に首を大いに縦に振るジャン。ジョゼの「ひどい…」という呟きが小さく木霊した。



「……ミカサ辺りは頼めば切ってくれるんじゃないのか」

ライナーがジョゼに助け舟を出してやろうとした発言にジャンの耳がぴくりと反応する。


「うん……切ってくれるって言ってきてくれた事もあるけど…」


「なんだそりゃ羨ましい妬ましい歯を食いしばれ」


「兄さん落ち着いて手刀を振りかぶらないで痛い!!」


…………助け舟は逆効果だった。




「………まああの人は不器用そうだもんね。ほら早い所僕に任せなよ20000円で見違える程美少女に「だから高いよあと値上がりしてない?」


ベルトルトはジョゼの髪を掻き回しながら至極楽しそうにする。反対にジョゼはげんなりとした表情で溜め息を吐いた。


「うん……別に短くなればそれで良いから、勿論ミカサでも構わないんだけどね……」

ボサボサになった髪を整えながらジョゼが零した言葉に……どういう訳だか、ライナーの胸はほんの少し痛んだ。


……………いや、こいつの髪を誰が切ろうが構わないのだが…?どうした、俺……。



「でも、やっぱりライナーに切って欲しいな。」



どうにか髪を元の通りに戻した(まだ右の髪が少々アホ毛になってしまっているのが滑稽だが)ジョゼが事も無げに言ってみせた事に、その場にいた一同は目を丸くせざるをえなかった。



「………何でだ」


固まっていた三人の中、一番最初に口を開いたのはジャンだった。…ゆっくりと立ち上がってジョゼの肩に手を置く。ライナーはマズい、と直感的に思った。



「…………何でも」


「屁理屈抜かすなダブルチョップ!!」


「やめてよ!!」



数秒後、そこには頭を抱えて机に突っ伏すジョゼの姿が。



「第一な、オレは長い髪の方が好きだっていうのにいつも切りやがってよ…。そこからして気に入らねえんだよ」

ジャンは横目でライナーを睨みつつ腕を組んで言葉を吐き出す。ライナーはお前の好みなんぞ知るかと思った。



「……だって長かったら立体起動に巻き込まれちゃうじゃないの…」

涙目で体を起こしたジョゼが呟く。流石に可哀想に思ったらしいベルトルトがその頭を撫でてやっていた。


「まとめりゃあ良いだろが!!」


いつぞやのエレンとミカサの会話及びトラウマが蘇ったらしく、ジャンは再び立ち上がって主張する。


「まあ…それはそうだけど、優秀な兵士になる為にどんな些細な事でも、出来る限りの事はしたいから…。それで、兄さんの役に少しでも立てれたらなって……」


「オレの妹が可愛過ぎて生きるのが辛い!!!」



そしてジョゼはジャンから机ごしに激しい抱擁を受ける。抱く力が強過ぎるのか彼女の口からはまたしても奇妙な呻き声が漏れた。




‥‥‥‥‥‥そして、何だかんだあってライナーはジョゼの散髪権(?)を引き続き手にする事となったのであった………。



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