「…もう少し短くならないの、ライナー」
夕空の下、手鏡を覗き込みながらジョゼが問う。
「そりゃ駄目だ。それ以上すると男みたいになっちまう」
本格的にジャンと同じになるぞ、と言いつつジョゼの首の周りに巻いていたタオルを取り去った。これで終わり、の合図だ。
「でも…短くしておけばこんなに頻繁にライナーの手を煩わせる事無いし…別に男みたいでも構わないよ。」
「あのなあ…」
俺は溜め息を吐いてジョゼの肩に付着した髪の毛を払ってやった。
「お前も年頃なんだろう。もう少しそう言う事に気を配ったらどうだ。」
「そう言う事‥‥。」
「そうだ。兵士とはいえ女である事は捨てる必要は無いんだぞ。むしろ大切にした方が良い。」
「…………分かった。」
ああー…この分かったは全く分かってない分かっただ。
…恐らく、ジョゼの判断の基準は兄であるジャンの助けになるかそうでないかなのだろう。
だからこんなにも疎い。色々な事に。……このままいけば、自分自身の幸せにも気付かないままで……
思わず首を小さく振る。……それでは駄目だ。お前自身が幸せになる事が、色んな人間の幸せに繋がっている事に気付かないのか?
仕方が無い……。ジョゼがそれに気付くまで、こういうささやかな事しかできないが…俺が助けてやらねば…。
……空を見上げると茜色の中を一羽の白い鳥が飛んでいた。まるで透けて無くなってしまいそうな白さだった。
「……なあ。」
自然と口から言葉が出る。ジョゼはこちらを振り向かずに同じ様に空を見上げていた。
「お前…何で俺に髪を切って欲しいって思うんだ…?」
こういう事をする様になったきっかけも、ジョゼの方からの頼みがあっての事である。
…理由は分からないが、ジョゼは俺に非常に懐いているらしい。俺は…それが嫌では無かった。
まあ、その所為で謂われない暴力を友人と彼女の兄から受ける事になる困った事態も多々あるが……
「………ライナーは凄く、丁寧だから。」
少しの沈黙の後、ぽつりとジョゼは呟いた。
「……丁寧。」
おうむ返しに俺も呟く。…正直何の事だかさっぱり分からなかった。
「そう。……技巧の実習とか…近くで見てると分かる。何をしててもライナーの仕事は一生懸命で、とても丁寧。」
「そうか……?」
何やら照れ臭くなって来て頬をかく。
「そうだよ。」
迷いの無い彼女の返事に、顔に少しの熱が集中するのが分かった。
「……将来、ライナーが憲兵になった時、やっぱり一生懸命に、丁寧に守ってもらえる市民の人々や、王様は幸せものだね。」
ジョゼの話す静かな声の合間を縫って鳥の高い声が遠くから聞こえる。雲雀だろうか。
「私はね、ライナーの事をとても尊敬しているんだよ。」
…………何の事は無く言われた言葉に、胸がずくりと鈍く痛んだ。
やがてジョゼは椅子から立ち上がり、「今日はありがとう」と幾分さっぱりとした頭をぺこりと下げて来る。
俺は「ああ…」と地面に視線を落としながらそれに応えた。
「……もうすぐ夕飯だね。戻ろうか。」
ジョゼが自分が腰掛けていた簡易椅子を持ちながら言う。
そして、空いた片手をごく自然な仕草で俺の方に差し出してきた。
「行こう。」
俺は……目を一度閉じ、心の切り替えを行おうとする。…が、無理だった。なので、重たい気持ちを必死で取り繕って笑って、ジョゼの掌を握り返した。
ジョゼもまた微かに笑って幸せそうにしてくれる。……それが嬉しかった。
なあジョゼ……お前は俺が憲兵にならずに…兵士でもなく…人間でもなくなっても、同じ様に俺を尊敬してくれるのか?
無理だろうな。いくら温厚なお前でもきっと俺達を恨むだろう。
俺は、それが今……猛烈に、恐ろしく怖いんだよ。
その気持ちを隠す様に、俺はわざと下らない話をして、奴を呆れさせたり苦笑させたりする。そして自分も必要以上によく笑った。
ジョゼがこちらを見上げて微かに目を細めてくる。鋭い形の瞳だが、温かな色をしていると思った。
この瞳が侮蔑を含んで俺の事を見つめる時、俺は今と同じ様に取り繕って笑えるだろうか。
………やはり、これも無理だろうな。
だから、今……沢山笑わせて欲しい。
お前に世話を焼いてやれる間に…、な。
はるか様のリクエストより
ライナーが主人公に懐かれてる事をベルトルトとジャンが気に入らないで書かせて頂きました。
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