朝起きようとすると、体が鉛の様に重かった。
(あら....)
......そして、熱い。
(あらら....)
成る程。.......風邪だ。
「....ジョゼ。起きて。」
ゆさゆさと体を揺すられる。....揺れが強い。酔って来た。
「ミカサ....。何だか熱っぽいから今日は休むよ...。」
布団から顔を半分出してそう言うと、彼女の顔がさあっと青くなる。
......なんかヤバい気がする。
そう思った瞬間、背中と膝の裏に腕が回ってベッドから引きずり出された。
(あららら.....)
「.....すぐ医務室に...いいえ、医者が必要...。今すぐ呼「ちょいちょい...落ち着きなさい。」
荒っぽく抱き上げられた為落ちそうになったのでミカサの首にしっかり捕まりながら言う。
ぎゅっと力を込めると彼女の頬に仄かな朱が差したので、可愛いなあ...と少しの間見つめてしまった。
「......そんなにひどい症状じゃないから今日一日寝てれば治ると思う...」
大丈夫だよ...と宥める様に言うが、どうにも腕を離してくれる気配が無い。
「ミカサ...早く行かないと。エレンが君の事を待っているよ」
「それは至極最もその通りだけど...」
「ごめん...今は突っ込む元気がないや...」
「....でもジョゼの事もとても心配。...私は貴方が大切だから...」
「..........。」
......どうしよう。
凄く嬉しいなあ....。
風邪の所為では無い熱がじわりと顔に集まるのを感じた。
「ありがとう。...でも、私は大丈夫だから...」
そう言って首から片腕を離して髪をそっと梳いてやる。
何だか恥ずかしそうにする彼女を見て、私もまた恥ずかしい様な...こそばゆい気持ちになった。
少しの間...私たち二人は、互いを見つめ合いながらなんとも照れ臭い時間を過ごした。
ようやくミカサが、不承不承という感じで私の体をベッドに戻してくれた。
心配そうに声をかけてくれる彼女に、もう一度ありがとうと言ってから送り出す。
何度も振り返っては風邪の際の諸注意を伝えてくるミカサは少しお母さん...いや、お姉さんみたいだなあ...とぼんやり考えた。
「......あ」
そうだ、これを言っておかないと。
「ミカサ」
ようやく入口に辿り着いた彼女の名前を呼ぶ。
振り返ったミカサに、「......兄さんにはこの事、言わないでね」と呟いた。
「..........。」
少し考え込む様に顎に手を当てたミカサに、「昔、風邪引いた時...心配させちゃって申し訳なかったから...」と付け加える。
「あ、そうだ。マルコにも出来れば内緒で...」
.....きっと、彼に伝われば兄さんにも必ず知れてしまうから....
「........分かった。」
ミカサがこっくりと一度頷いた。
彼女の応えにほっと胸を撫で下ろす。それから「行ってらっしゃい」と小さく手を振った。
「...........。」
しかし彼女は何やら複雑そうな顔をして、再びこちらに戻って来る。
何だろう...とその様子を伺っていると、優しく頭を撫でられて、頬にキスが落とされた。
「........大好き」
という小さな声が耳元で囁かれる。
.......そして、今度こそ彼女は部屋を後にする。
なんだか....目頭が熱い。....私は幸せ者だなあ。
そして、元気になったら彼女に同じ事をしてあげたい...。
そう思いながら天井を見つめていると、すぐに微睡みが訪れ....気付いた時には眠りに落ちていた。
*
.....あれから、水を飲んでは眠り...を繰り返していたが、体調が良くなる気配はあまり無かった。
いや、むしろ悪くなっている気がする。
(熱い....)
何か....食べないと。あと、水....。いや、もう...飲みに行くのも億劫だ...。
....寝返りを打って目を閉じる。
もう良い...。寝よう。....きっと寝て、起きたら治ってる。明日には...皆にも会える...。きっと、そうだ...。
薄い意識の中で、再び麻痺した様な...真っ白な眠りが体を蝕んで行く.......。
「...........!!??」
.......その時、物凄い音がした。
風邪特有の幻聴かな....。と浮上してしまった意識を再び沈めようとした時、また、音。今度はさっきより大きい。
「...........?」
まるで、何かを叩く様な....そう.....例えるなら窓ガラスを......
また音がっ....!今度は連続だ.....!!
半身をやっとの思いで起こして、カーテンが閉じられた窓を恐る恐る見つめる....。
今や、窓ガラスを叩き割らんばかりの音が室内に響いていた。
「............。」
.......ひっじょおおおぉおに嫌な予感がする。
いや、けれど....ミカサには確かに口止めを....。
......駄目だ。もう、....大きな音がガンガンと頭の中で鐘の様に....ああ....やめてえ..も、む、り....
ふらふらと窓に近付き....そおーっとカーテンに隙間を作って外を、うかがう...........
マズい。
動物的本能が脳内に警鐘を大音量で鳴らす。
体は固まり、視線は....とてもとても怖い顔をしている兄と親友...それとばっちり合わさってしまった。
ほとんどゼロに近い余力を振り絞ってカーテンを閉めようとするが...それを見透かした兄が鋭く睨んで来たので....止めざるを得ない。
.......あけろ。
唇の形がその三文字を描いている。
すごく......いやです。
しかし....開けなければ何かしら恐ろしい事が起こるだろう。
観念した様に掛けがねを外して、たてつきの悪い窓をぎいとひらく.....、
途端に、兄さんに襟首を掴まれて引き寄せられた。
そして息を呑む間もなく、額にごつんと同じものを合わされる。....頭突きか?いや...一応熱を測っているのか....?
「あっつ!!ほら見ろ、やっぱり風邪引いてんじゃねーか!」
兄さんはとても不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「おいマルコ!確保だ確保!!」
「合点」
その瞬間、マルコの腕が脇の下に差し込まれてずるりと外に引っ張り出される。
「.........!?」
あまりの事に声も出ない。
そして当然の様に背中と膝の裏に彼の腕が回る。....あれ、デジャヴ。
「ちょっと待て。確保とは言ったが横抱きにして良いとは言ってねえ。」
「するなとも言われてないぞ」
「屁理屈言うな。大人しくそれを貸せ」
「おっとジョゼの熱が上がって来た。急ごう」
何だかもう生きる元気が無かったので、二人の会話も聞こえているが理解はできなかった。
......外、寒いなあ....私、ここで死ぬのかなあ....
生まれ変わったら...もう少し可愛い顔が良いなあ....いや、両親からもらったものにケチを付ける気は無いのだけど....それでもこの顔はちょっとねえ...
そんなどうでも良い事をうだうだ考えていると、徐々に意識は糸の様に細くなり....やがて、音も無く途切れた。
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