いつか見る空 | ナノ
――――そして対人格闘の訓練。

ジャンはいつもの様にマルコと組もうと「おーいマルコー」と片手を上げながら彼に近付こうとする。

が、マルコはすでに他の奴と組んでいた。そう、オレです。

(あー....そっか。いつも通りに接するって言ってたもんなあ)

ジャンとジョゼでは体格が違うので、必然的にジョゼは――現在中身はジャンだが――はあぶれるのだ。

仕方無え、他を当たるか....。とジャンは適当な奴を見つけようと辺りを見回した。

しかし流石凶相で有名なジョゼ、視線を向ければ目を逸らされ声をかけようものなら「ひっ」と短く悲鳴を上げて逃げられる。

(.............。)

そして遠くには仲睦まじく訓練に興じるマルコとオレの姿が。

ジャンの胸には何とも言えない感情が湧き起こる。

(あいつ....ずっとこんな生活してたのかなあ....)

組む相手がいないなら仕様が無い...教官も対人格闘は碌に見に来ないし...とジャンは少し離れた所に腰を下ろして訓練兵たちを遠くに眺めた。


「ジョゼ」


そこに背後から声が。突然の事にジャンの肩が跳ねる。

「お.....おう、ミカサか...。」

背後には想い人の姿が。思わず挙動不審になってしまう。

「こんな所でどうしたの」

ミカサはじっとジャンの事を見下ろす。ジョゼと同じでこいつも中々感情が読み取れねえ。

「いや....組む相手がいなくてよ...」

頬を掻きながら答える。ミカサの方から声をかけられる、という初体験の驚きに遂自分の姿がジョゼだと言う事を忘れてしまっている様だ。

「も、もし...おまおまお前が組む相手いなかったらよ...オレいや、私と組まねえ..いや、組みませんこと?」
中途半端に自分が女だという事を思い出したらしい。

「...........。」
ミカサは相変わらずジャンを見下ろしている。そして何かを考え込む様に顎に手を当てた。

「.....今日の、ジョゼは何だか異様に気持ち悪い。気分が優れないなら医務室に行った方が良い。」
ぼそりと言うと軽々とジャンを持ち上げて横に抱く。

「........なっ.....!!」
女に姫抱っこをさせるという未知の体験にジャンは目を白黒させた。

「暴れないで。医務室まではすぐだから。そして一刻も早くもとのジョゼに戻って。」

それだけ言うとミカサは物凄い勢いで走り出す。よっぽど中身ジャンのジョゼが嫌だったらしい。

「ちょおおお!!オレはどっこも悪くねえよ!!」

「もうこれ以上喋らないで。気持ち悪いすごく気持ち悪い」

「そこまで言わなくても良いだろ!!!」



「......ん?」

遠ざかって行くジャンとミカサに気付いたらしいジョゼがその方向を見る。

「マルコ....。兄さんはどうしたんだろう...」

そしてマルコにも指でその光景を示す。

「.......?まあジャンが騒動を起こすのはいつもの事だ。気にしなくても良いだろ。
それよりもジョゼ、君は今ジャンなんだから...口調に気を付けなよ」

「....あ、うん....。気をつけるよ、いや違う...気をつけ...気をつけるぜよ。」

「何故維新革命を起こしそうな口調に」


「あの.....ジャン君。」

そこに背が低めの女性訓練兵がジョゼの服を引っ張って来た。

「うん....?どうしたの」
向こうから声をかけてもらえた、という未知の体験にジョゼは分かりにくいながらも顔を輝かせる。

「あの...私、あんまり対人格闘得意じゃなくて...良かったら、教えてもらっても良い...?」

やや頬を赤らめながら頼んで来る女性兵士をマルコは(ジャンは顔はそこそこ良いし....成る程なあ...)と半ば呆れた様に眺めていた。

「うん....わたし、いやオレ、いや僕?ちょっと待って、某..いや違う。拙者?あれ...?」
完全に口調が迷子である。というか一回正解まで辿り着いたのに何故どんどん離れて行くのか。

「......?ジャン君...?」
頭上に疑問符を浮かべながら彼女は首を傾げた。

「あ...ごめんね。私でよければ良いよ。そこまで優秀とは言えないけど..」
一周回って元に戻ってしまった。

「ジャン君...何か今日はなんか優しいね」

少女は嬉しそうに言う。それで良いのか、とマルコは内心突っ込んだ。

「そうかなあ....。いつも通りだよ、いや...だぜよ。」
こりゃ駄目だ。

「ありがとう!じゃあこっち来てもらっても良い?」

生き生きと彼女は走り出す。ジョゼはマルコに軽く手を降って「また後でね」と言った。

マルコも手を挙げてそれに応えながらも、大丈夫かなあ....と不安を払拭できずにいた。



そしてしばらくすると、先程のミカサとジャンの様に例の彼女を横抱きにしてスタスタと歩いて行くジョゼの姿が。

「おいジョゼ...いやジャン、どうしたんだ?」
マルコがそれを呼び止める。

「いや....この子足怪我しちゃって。歩かせる訳にも行かないからこのまま医務室に...と言う訳だぜよ。」
すっかり土佐弁が板に付いて来た。

「ジャン君...!ほんと良いから...!!歩ける...!下ろして...!!」
彼女は顔を真っ赤にしながらジョゼの腕の中で慌てている。

「駄目だよ、悪化したら大変だもの。少しの距離だから我慢してね。」
どう足掻いても口調がカマっぽかった。

しかし恋は盲目とは良く言ったもので、彼女はうっとりとした表情でジョゼの言葉に頷く。

「じゃあマルコ...。ちょっと抜けるから...」
それだけ言い残すとジョゼは走って医務室の方へと向かった。

彼等の背中を見送りながらマルコは(ジョゼの顔が怖くて良かった....。もし普通の顔してたらわりとモテていただろう。それも女に)としみじみ感慨に浸るのであった。





ミカサに強引にベッドの中に押し込まれたジャンは、気持ち悪いと言われた事と周りからの拒否反応を思い出して非常に悲しい気持ちになっていた。

(あー....オレ、ジョゼに生まれなくて良かったわ。こんなのとても耐えられねえ。)

そう思いながら一度寝返りを打った時、誰かが医務室に入って来る気配がする。

.....ん?よく聞くと嫌と言う程聞き覚えのある声が...いや、オレはこんなにキモい声じゃないよな...?

ジャンは自覚している自分の声と本来の自分の声が随分と違う事を知らない。

誰が来たのか気になったジャンは、カーテンの隙間からそっと外を覗く。

はい。キモい声はオレでした。


「ああ....良かった。そこまでひどい怪我じゃないね。でも今日はもう座学以外の訓練は受けない方が良いよ。」

そう言いながら名前も知らない女性兵士の足の怪我を手当していくジョゼ。うわあ、オレの状態でその気色悪い口調はやめてくれ。

「ありがとうジャン君....。私、今までジャン君は凄く怖い人だと思ってた。だから今日はお喋りできた上に...ジャン君の知らなかった一面を見れて、嬉しいな...。」

いや、知らなかった一面っつーか存在しない一面ですから。

「?そうかな....。まあ兄さんは良い人だよ....?」
気を抜くと自分がジャンだという事を忘れるジョゼ。

「へえ?ジャン君お兄さんいるの?」
さっぱり噛み合っていないのに関わらず天然同士の会話は滞り無く進んで行く。

「あー....?いや兄さんの兄さんはいないよ?」

「違うよ、ジャン君のお兄さん。」

「いやだから兄さんの兄さんは「ええいまどろっこしい!!!!」

あまりにちゃらんぽらんな会話に遂にジャンの我慢の限界が来た。カーテンを勢い良く開けてその場に乱入していく。

「おお....にいさ、いや違う、我が妹よ「お前は一体何者なんだ」

ジャンが勢い良くジョゼの頭をどつく。彼女は絶望的に嘘及び演劇のセンスが無いらしい。

「あ.....ジョゼ、さん...。」

急に飛び出して来た怖い顔に少女は困惑気味だ。

「おいてめえ...。処置終わったんならとっとと出てけよ。」
ぎろりとジャンが彼女を睨む。

それはそれは恐ろしい表情に、小さく悲鳴を上げるとあっという間に彼女は医務室から出て行ってしまった。


「兄さん兄さん、私の評判を落とすのはやめておくれ」
彼女が飛び出して行った扉を眺めながらジョゼが言う。

「元からどん底の評判なんだから構わねえだろう」

「.....ひどい。」

溜め息を吐いてからジョゼはジャンに向き直る。それから「どこか悪いの...?」とやや心配そうに聞いて来た。

「いや、どこも悪くは...強いて言うなら顔が怖い。」

「それは仕様です。でも一応寝ていた方が良いんじゃないかな...。ほら...私の体は結構疲れるでしょう?」

ジョゼはジャンの手を引いてベッドへと導く。何でもない様に発せられたその言葉にジャンは少し切なくなった。

「お前がさあ....オレとかマルコにすげえ懐いてるのがなんとなく分かったよ...」

促されるままにマットに身を沈めるジャン。その様をジョゼは優しく見守った。

「......そうだね。二人とも私に普通に接してくれるから...。でも....もっと優しい顔をしていても、私が二人をとても好きな事は変わらないよ。」
ジョゼは横になっているジャンの頭を撫でながら穏やかに言う。

「今日の訓練が終わって...夕食の頃に起こしに来るね。教官には私が言っておくから。」

「ああ....。」
ごろりとジョゼに背を向ける様にジャンは寝返りを打つ。不覚にも滲んだ目頭を見られたくは無かった。

「また後でね。」
そう言ってジョゼはベッドから離れて行く。

ジャンはその後ろ姿に「頼むからそのカマっぽい口調はやめろよ」とぼやいた。

「いや....なんかもう、無理。ごめん。」
ジョゼは遂に匙を投げた様である。


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