いつか見る空 | ナノ
「....ジャン、起きないと朝飯逃すよ」

マルコがベッドの中で丸まっているジャンをゆさゆさと揺らして起こそうとする。

しかし言葉にならない呻き声が毛布の下から漏れるだけで全く目を覚ます気配が無い。

.....おかしい。確かに彼は寝起きが良いとは言い難いが、朝飯を食いっぱぐれるぞ、と脅すと嫌々ながらも必ず起きてくるというのに....

「.....ジャン!良い加減起きないと置いてくぞ!!」

そう言ってぶわりと毛布を剥ぐと「うへえ寒い」という何とも間抜けな反応が返って来る。

そして目を閉じたまま自らを腕で抱き込んで更に丸まり、毛布を探す様に空いている方の手をふらふらと宙に漂わせた。

しばらくそうした後、ようやく毛布が無いと理解したらしくもぞりと起き上がった。

..........。

何と言うか....仕草がいちいちカマっぽくて気持ち悪い。

マルコが若干引き気味にジャンを眺めていると、ぼんやりとした表情の彼と目が合った。

しばし見つめ合った後、ジャンは目をごしごしと擦る。そしてもう一度マルコを見てその姿を確認すると、「夢か...」と言って再び横になって眠ろうとした。

「ちょおおい!!折角起こした僕の苦労を水泡に帰すな!!」

それを阻止する様にマルコはジャンの体をがっちり支え、無理矢理立たせた。

ジャンはまだぼんやりしているらしく、「何でマルコがここにいるの....」と寝言の続きの様な事を言っている。

あと口調が何かキモい。これほんとにジャンか?

「いて何もおかしい事は無いだろ。ここは僕らの寝室なんだから」

「その冗談面白い...面白いよすごく」

「いや冗談じゃない。しまったこいつ脳みそまで馬並みに「あー、マルコ。とりあえず顔洗ってくるね」

ジャンはふらふらした足取りで洗面所へと向かう。途中途中で壁に激突しながら。


...........?ジャンはここまでぼんやり大将では無かった気がする。

これじゃあ.....むしろ彼の妹の.....


「おい!!!!ジョゼ、いや...この場合オレか!?オレは何処にいる!!!」

その時、何やら哲学的な事を言いながらジョゼが寝室に乱入して来た。

「ちょ、ちょっとジョゼ!!君、一体ここが何処だか分かって「分かってるよ充分過ぎる程!!こら何頬を染めてるきっしょいんだよ」

「おおぉ、客観的に自分を見るとすごく怖いショックだ」
洗顔を済ましたらしいジャンがのんびりと帰って来た。

「お、おま....返せ!!オレを返せ!!!」

「ちょっとジョゼ何言ってるかよく分からない」

「あー....私もさっき鏡を見て驚いてるんだよ....。兄さん気をしっかり」

「何でお前はそんなに落ち着いてるんだよこのくそ!!」

「こらジョゼ。女の子がそんな汚い言葉使わないの」

「やっかましい顔に胡麻くっ付いてる野郎に言われたくない」

「ごっ......!?」
マルコは思わず絶句した。

「待って待ってマルコ待って。今のは断じて私じゃない」

ジャンがジョゼの口を手で塞ぎながら謎の弁明をする。二人の豹変ぶりにマルコの頭は激しいパニックに見舞われた。


...............。


「......で、入れ替わってしまった....と。」

マルコは信じられないと思うと同時に頭を抱えたい気分だった。

正直ジャンが中身のジョゼもジョゼが中身のジャンも願い下げである。神はどう足掻いても自分を耽美の世界に導きたいらしい。

「......まあ、私が男になったり顔が怖くなくなるという奇々怪々もすぐに治ったし....今回も大丈夫でしょう...」

深刻そうにしているマルコとジャン(外見ジョゼ以下略)に反してジョゼ(外見ジャン以下略)は落ち着いていた。世紀のぼんやり大将にしてのんびり大将である。

「とりあえず....色々と面倒だから皆には気付かれない様にした方が良いね。...僕も努めていつも通り二人に接する事にするよ。」
マルコは溜め息を吐いた。....本当に早い所元に戻って欲しいものだ。

「え....ちょっと待てよ。オレ達性別違うし...色々とやばくねえか?」
ジャンが複雑な表情で言う。しかし何処か期待している顔つきである。流石思春期。

「......まあ、仕様が無いよ。お互い様という事で....あと私の体で男性用の浴場とかに来られても困る。」

「君君以前断りも無く男性用の浴場に入って僕の純情を汚した事を忘れていないかい」

「ん....?待てよ...?と、いう事はだ。お前が野郎共の中で生活するという事は....」
ジャンが何やら考え込む素振りをする。

どうでも良いけどジョゼの姿で胡座かかないで欲しいなあ....と思うマルコであった。

「やべえじゃん!!色々やべえじゃん!!色々やばいじゃん!!!色々見てしまうじゃねえか!!」

ジョゼの肩をはっしと掴むジャン。ジョゼは「だからお互い様だよ...」と全く動じず応えた。

「駄目だお前嫁に行けなくなるぞ!!いや違う、嫁になんか行かなくて良いんだ!!って違うそうじゃない!!」

ジャンは頭を掻きむしった。ぼさぼさになった元・自分の髪を整える様にジョゼがそれを撫でる。

「....というかこういうのって普通反応逆じゃない?」
マルコがぼそりと呟いた。

「.....じゃあお風呂はお互い深夜、人がいない時に入る事にしよう。着替えとかは...まあ、仕方が無いんじゃ「いや駄目だ」

ジャンがぴしゃりとジョゼに言い放つ。マルコは彼のシスコンぶりにドン引きだった。

「兄さん....。ミカサの着替えが見れるかも「よしO.K」

そして変わり身の早さにもドン引きだった。

「とりあえずお腹減ったね...。男性の体がこんなに燃費が悪いとは...朝ご飯を食べに行こう。」

何があってもマイペースを崩さないジョゼに対してジャンとマルコはそれぞれの希有を胸に抱えつつ、三人は食堂に向かうのであった。





ジャンは机に突っ伏してひたすら泣きたい気持ちを堪えていた。

「......どしたの、兄さ...いや、ジョゼ?」

「......朝からさあ...会う奴会う奴が皆怯えた様に目を逸らしやがって会話も碌にできねえ....お前、よくこんな劣悪な環境に耐え抜いて生きて来たな....。そうか、お前のその図太さはこういう所で養われたのか...すげえよ...」

「ふむ、褒めているのか貶しているのかさっぱり分からない。」

「早く皆に愛されているオレの体に戻りてえよー....」

「兄さんも中々図太いと思う」

「ジャン、次の訓練に遅刻するぞ」

マルコが傷心のジャンをせっついて立たせる。落ち込んでいるジョゼの顔は更に凶悪さを増していて、我ながら凄い顔だ....とジョゼは感心した様にそれを眺めた。


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