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心を通わせるハナシ

「……逆転負、け」


春高の準々決勝で井闥山は負けた。
客席からでも泣いている選手の姿が見えて、私の視界もジワジワとぼやけてくる。
ぼやける視界の中で前を見据えて歩くキヨくんが見えた。
……キヨくんに、会いたい。
友達に荷物をお願いしてスマホだけを持って客席を飛び出した。
マネージャーでもない私が行ける範囲は限られているけれど、動かずにはいられなくて。
体育館の通路を走っていたら、遠くに見つけた見慣れた背中。
見えなくなる前にその背中に向かって私は叫んだ。


「キヨくんっ!」
「!?……(名前)ちゃん」


驚くように振り返ったキヨくんは私を認識すると、こちらに駆け寄って来てくれた。
走っていたそのままの勢いで私はキヨくんの胸へと飛び込んだ。
ドンッとぶつかるように飛び込んだのによろける事なく抱き止め、流れるように背中に腕を回して強く抱き締めてくれた。
試合後は汗がすごいからとジャージを羽織っていても抱き締めてはくれないのに、今はそんな事などお構いなしに痛いくらい抱き締めてくれるから止まったはずの涙が流れ落ちる。


「キヨくんっ……キヨくん!」
「(名前)ちゃん客席から俺のコト探しに来てくれたの?」
「うん、キヨくんに会いたくなって……」


キヨくんの手が私の頬を撫で、持ち上げた。
流れる涙を見て一瞬目を見開いたけれど親指で目元をなぞられて拭われる。
それでも流れる涙は止まらない。
なんでこんなに止まらないんだろう。
目を閉じて流れないように我慢していたら、わずかに衣擦れの音がして唇が塞がれた。
頬にあった手は後頭部に回って離れる事が出来ない。
さらに体重をかけられ体がのけ反っても、腰に回る腕が後ずさる事も許してはくれなかった。


「(名前)ちゃんは何でそんなに泣いてる?」
「えっ……あ、なんでだろう……わかんない」
「…………可哀想って思ってんの?」
「それはない!それはないけど……もらい泣きしてるのもあるし、もう試合が見れないのは残念だしなんか色んな感情が混ざって、止まらない」


キヨくんはぐいっと親指でまた涙を拭ってから「……そう」とだけ呟いて、顔を胸に押し付けるように腕の中に閉じ込めた。
しがみつくように背中に回していた腕に力を込めれば、頭をゆったりと撫でられる。
ひとしきり泣いて慰められていたけれど、普通だったら逆だよね……。
私がキヨくんにお疲れ様って慰めなきゃいけないのに、すっかり甘えてしまった。
伺うように顔を上げれば、サイドの髪を耳にかけられ頬をゆるゆると撫でられた。


「(名前)ちゃんは優しすぎる」
「……優しく、ないよ」
「今も俺を想って泣いてる。俺以外も想って泣いてる……俺以外に気持ちを傾ける(名前)ちゃんは許せないけど、でも俺の大好きな(名前)ちゃんは昔からそういう女の子だ」


ぎゅうっと強く抱き締められたかと思ったら、少し距離を取ったキヨくんは両手を掬うようにそれぞれ握ってきた。
向き合いながら無言で見つめ合う。
会話はないけれど、気まずいなんて事はなくて。
でも手を握ったままキヨくんの親指はすりすりと私の指を撫でるからくすぐったさから小さく笑えば、目の前のキヨくんも同じように小さく笑っていた。
それからしばらくの間、左手の薬指だけをなぞるように撫でられて恥ずかしさから下を向いたらキヨくんに名前を呼ばれた。


「もうこのチームでのバレーは終わったけど、俺のバレーはまだ終わらない」
「う、ん」
「それから俺の人生に(名前)ちゃんは絶対必要。今までみたいにこれから先も俺の腕の中で笑ってて」
「うん……!」
「来年、俺が誕生日を迎える時には高校卒業してるから、そしたら(名前)ちゃんの両親に結婚の挨拶行くから」


突然すぎて、返事どころか頷く事も忘れてしまった。
このタイミングで自分の将来に関わる話を切り出されるなんて、誰が予想出来ただろう。
驚きすぎて今かなり間抜けな顔をしていると思う。
ぽやーっとキヨくんを見ていたら「ねぇ返事は?」と急かされて、首を縦に何度も振った。
返事に満足したのか、フッと笑ったキヨくんはおでこに唇を落としてから流れるように私の唇をまた塞いだ。
ちゅっと音を立てて離れたキヨくんは、おでこを合わせてじっと見つめてくる。


「着替えてくるから待ってて」
「うん。あっ、引き止めてごめんね……風邪引かな、」
「大丈夫だから。(名前)ちゃんは周りに警戒しながら待ってて。すぐ戻るから誰も近寄らせるなよ。俺以外は不審者だと思って警戒しろよ」


念を押して控え室に着替えに向かったキヨくんは、言葉通りすぐに戻ってきた。
私の無事が確認出来たのか、眉間のシワがなくなったキヨくんに手を引かれ通路を歩けば、すぐさま指がしっかりと絡まって繋がった。
隣を歩くキヨくんを見ていたら……彼といればきっと何だって乗り越えられるんだろうなぁって漠然とした気持ちが沸き上がる。
好きな人と一緒にいたいって想いだけじゃダメな事もあるって分かってはいるけれど、それでもやっぱり好きな人と……キヨくんとずっと一緒に生きていきたい。
……って私の素直な気持ちを伝えたら、驚いたように大きな目をさらに大きくしたキヨくんの顔がじわじわと赤く染まっていく。


「(名前)ちゃん、ほんと……そういうところ……!」
「キヨくん、えっと……ふつつか者ですが末長くよろしくお願いします」
「プロポーズはちゃんと言うからその時にまたそれ言って」


――……そして私は高校を卒業した年に、佐久早(名前)になりました。



【高校生編 完】



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