夢のあとさき
76

「――っ!」
私は目を見開いて体をばっと起こした。ここはどこだ、とあたりを見回す。そして視界に入ったのは心底驚いているような顔をしたユアンだった。
「……ユアン?」
なぜユアンがいるのか分からずに私は瞬いた。だって、そうだ、ここはアルテスタの家だ。いくつかのベッドが並んでいる中、私は一番奥に寝かされていた。
「驚いたな……」
ユアンがぼそりと呟く。それはどうでもいい。私はロイドたちがいないことを確認して再びユアンに視線を向けた。
「ロイドは?ユグドラシルはプロネーマと撤退したんだったな。みんなはどうしたんだ」
「いいから寝ていろ。おまえは数日目を覚まさなかったのだ」
「……は?」
そんなに時間が経っていたとは。いやしかし、体は万全だった。かなり負傷したと思うのだが、痛みは多少あるものの動くには支障ない。今すぐにでも戦いに赴けるくらいだ。
「ロイドは?」
もう一度ユアンに訊く。ユアンは苦虫を噛み潰したような顔で応えた。
「デリス・カーラーンに向かった」
「はああ!?さっさとそれを言え!寝ている場合か!」
私はベッドから飛び降りる。ブーツを急いで履いて、剣は……そういえばプロネーマに折られたんだった。どこかで得物を調達しなければ。
「行くつもりなのか」
「ロイドたちはユグドラシルを倒しに行ったのだろう!私も向かうに決まっている!」
思わず声を荒げて、と言うかさっきから大声を出していたことに気がついて息を吐いた。冷静になれ。たっぷり十数えてからユアンを振り向いた。
「ロイドたちはいつ行ったんだ」
「……つい先ほどだ」
「なら間に合うかな」
安心する。置いていくなんてひどいと思うが、意識が戻らないままの私を待ってはいられなかったのだろう。こちらから攻めにいくとは、なんともロイドらしい。
「だが、おまえは怪我をして……」
「戦闘に支障はない。ユアンこそどうなんだ?手酷くやられていただろう。こんなところに来て平気なのか」
ミトスがユアンを何度も蹴って痛めつけていたことを思い出す。魔術攻撃も不意打ちだったし、反撃もできなかったユアンは重傷だったのではないか。
「……呆れた娘だ」
ユアンは失礼なことに私の顔を見てため息をついた。さすがにムッとしてしまう。
「私を恨んでいるのではなかったのか」
「……ああ!」
言われて思い出した。そういえばユアンがロイドを人質にとっているときは頭に血が上って随分なことを口走った気がする。
「それはまあ、恨んでるけど。でもああ言ったのはクラトスへの当てつけだから」
「……、そうなのか」
「うん。別に人質に取ろうとしたあんたに怒ってたわけじゃないし」
そう、ユアンの企みについては以前から気がついていたわけなので別に怒ってはいなかった。いや、ロイドを人質に取ったことは腹を立ててるけど。
どちらかというと、あのとき私が怒りに支配されていたのはクラトスのせいだ。
「クラトスのことを……どう思っているのだ」
ユアンがためらいがちに聞いてくる。私は無意識にふっと口元を緩めていた。
「大嫌いだ」
ユアンは目を細めた。どこか寂しそうに見える。
この人は知っているのだろう、母と共にいた父のことを。家族ができてから変わった――そう言っていたくらいだ。ロイドや私がクラトスへの人質になり得ると信じて疑わなかったことからもあの人がどんな思いでいたかを知っていたように見える。
でも、私はそう答えるしかなかった。素直な気持ちはそうなのだから、仕方ないだろう。
「あなたのことも嫌いだ。私はあなたを許さない」
「……ああ」
「でも――」
夢を見ていた。記憶と言う名の夢だ。あの記憶は、決して偽りではない。幼い私が抱いた想いは今の私がどうなろうと変わることはない。
「あなたが助け出してくれたことには感謝している」
私がエクスフィアを埋め込まれてしまっていたときに、あの狭い部屋から助け出してくれたのはユアンだったのだから。ユアンは目を瞠って私を見ていた。
「お父さんが、私を大切にしてくれたことも知ってる。お父さんのことは――ずっと、大好きだったよ」
「レティシア……」
ユアンは唇を震わせながら私の名前をつぶやいた。それは呼んだわけでもないだろう。ただ、呟かずにはいられなかったユアンに私はふと思い出して机に置いてある鞄を開けた。
「そうだユアン、これ」
「……?これは……!」
「あなたのだろう。これで、借りは返したからな」
ユアンの手に指輪を握らせる。ロイドから預かったあの指輪だ。そして私は服と鞄を引っ掴んだまま踵を返した。――その指輪を持つユアンの顔は見たくなかったから。
そのまま部屋を出て洗面所で着替えてから顔を洗う。髪を整えてよし、とつぶやいた。
「おまえさん、起きられるようになったのか」
声をかけられて振り向くと杖をついたアルテスタが立っていた。包帯を巻いてはいるものの動くことはできるようだ。
「アルテスタさん。無事でよかった」
「ああ……。まだ自由には動けんがな」
「私はもう平気だ。行かなくては」
アルテスタはエクスフィアもつけていない一般人だが、私は天使化しているので治癒術のかかりが違うのだろう。数日寝っぱなしだったのは体の完全回復に専念していたせいな気がする。
私はあることを思いついて改めてアルテスタに声をかけた。
「悪いが、もしあなたの打った剣などがあれば借りられないだろうか?私の剣は折れてしまってこのままでは戦えないのだ」
「剣か。そうじゃな、ううむ」
「剣ならこれを持っていけ」
唸るアルテスタの後ろからユアンが姿を現した。そして私に一振りの剣を差し出す。私はそれを受け取ると鞘から抜いて灯りに刀身を翳した。
「これは……。いいのか、ユアン」
「構わん。案内する、ついてこい」
「……わかった」
ユアンはどうやら救いの塔まで連れて行ってくれるらしい。アルテスタに無理をせず療養しているように声をかけてから、私は歩き出したユアンの背中を追いかけた。


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