夢のあとさき
65

教皇を追い詰め、王室に恩を売るという作戦は無事上手くいった。途中コレットが天使スピリチュアの再臨だとかなんとか言われていたのが気にならなくもないが、どうやらテセアラでは有名な話らしい。シルヴァラントの神子スピリチュアと何か関係があるのだろうか。
それはともかく私たちは国王から書庫を閲覧する許可を得ることができた。国王の姿勢に腹が立ったものの、私がどうこうできる問題でもない。今すべきはコレットを救うための情報を得ることだ。
私たちは手分けして資料を探し始めた。さすがテセアラ王室の書庫だけあって色々な文献が置いてある。片っ端から調べていく中で、何か指標になるような年表はないかと手に取った分厚い本のページをめくる。
ふと、目に留まった文字列があった。古代大戦末期のテセアラ王室の記述の中に、見覚えのある名前があったのだ。
――クラトス・アウリオン。
テセアラ王国騎士団長。ソレイユ王女の近衛騎士。まじまじと文章を見つめてしまった。この騎士団長は王の不興を買い罷免されたらしく、その後の行方については書いていなかった。ただ、この騎士団長が罷免された直後にシルヴァラントがテセアラの王都に攻め込んできている。
同名の人なんているものなのか。そう考えてみるが、どうも何か引っかかる。しかしこんなことに気を取られている場合ではないと我に返って、私は再びページをめくり出した。

「……だめだぁ!」
「これだけ探しても見当たらないなんて……」
そうして時間が過ぎたものの、手掛かりはいっこうに見つからずゼロスが音を上げる。ジーニアスも沈んだ声で言ってため息をついた。
「他に資料はないのかい?」
「……諦めないぞ。まだ何か、手があるはずだ」
「そうだ。今日見つからないなら明日も探せばいい。見落としているものがきっとある」
ここにある可能性が高いのだから総ざらいしてでも見つけ出さなくては。私とロイドは諦めるつもりはこれっぽちもなかったが、当のコレットが首を振って呟く。
「……ロイド、レティ。ありがとう。でも……もういいよ」
疲れたようにコレットは微笑んでいる。それでいいはずがない、と口にする前にコレットの姿が急に視界から消えた。何に躓いたのか転んだらしく、積まれた本が崩れ落ちる。
その中の一冊が浮かび上がってきて、私は瞬いて手を伸ばした。中身は……天使言語、いや、似ているが違う文字で書かれている。
「リフィル、これは……」
「……エルフの古代文字ね。……待って。これかもしれないわ」
天使言語なら分かるがエルフの古代文字というのは読めないのでリフィルに読み解いてもらう。リーガルが感心したように言った。
「まさかこんな形で手がかりが見つかるとは」
「コレットのドジは本当に祝福されてるみたいだね」
しいなも頷く。そういえばしいなはそのドジでひどい目に遭ったこともあったんだっけ。
「先生。なんて書いてあるんだ?」
「……まって、クルシスの輝石の侵食を防ぐため、マナのかけらとジルコンをユニコーンの術で調合し、マナリーフで結ぶルーンクレストを作成した。中枢にマナリーフの繊維を利用することでバグによるクラッキングから……ああ、ここから先は原理になるのね」
「つまり、マナのかけらとジルコンとユニコーンの角、それとマナリーフでルーンクレストとかいうのを作るわけか」
リフィルの言ったことを頭に書き留めておく。ユニコーンの角はあるが、ジルコンとマナリーフ、マナのかけらというのはどういったものなのだろう。
「そうね。ルーンクレストを要の紋に取りつけることで輝石のはたらきをおさえることができると書いてあるわ」
「そんなもん、誰が作るんだ?」
「そりゃ、ドワーフだろうよ」
「アルテスタさんに頼むのが一番だろうね」
アルテスタならクルシスの輝石のことも知っている。親父さんより知識を持っているのだからそちらに頼むのがいいだろう。
「コレットさんの体はどうなってしまっているのですか?」
「永続天使性無機結晶症……と書いてあるわ。アルテスタの診断通りね。全身がクルシスの輝石になってしまう病気なんだわ」
「よし!希望が見えてきたぜ!」
指針が分かってロイドが元気に声を上げる。それはその場の深刻な空気を和ませるものでもあった。
「でもあまり時間はなくてよ。永続天使性無機結晶症は、最終段階の皮膚結晶化の発症から、およそ数カ月程度で全身が輝石になるようなの。完全に皮膚が輝石化すると次は内臓器官が輝石化して、最終的には……」
「……死ぬんですね」
リフィルが濁した言葉をコレットが続ける。「取り繕ってもしかたないわね。その通りよ」とリフィルが重く告げた。
「だったら急ごうぜ。かわいい子はより長生きしなくちゃなぁ」
ゼロスの冗談めいた言葉にコレットは眉を下げて微笑んだ。その通りだ。コレットはこんなところで、こんな病気で死んではいけないのだから。
「材料は……どこにあるんでしょうか」
プレセアの問いにまずリーガルが答える。ジルコンはレザレノの本社に行けばどこにあるか分かるらしい。会長というのがこんなに頼もしいとは。
マナリーフはヘイムダールというエルフの里にあるとリフィルが言った。昔リフィルが住んでいたという場所だ。国王の許可がなければ立ち入れないらしいが、さて。あの国王が何というだろうか。
マナのかけらはデリス・カーラーンにあるとコレットが言う。教典の一節にあるだけなので確証はないが、取りに行くにしても難しいところだ。
「敵の本拠地だな。そっちは後回しにしよう。まずはアルタミラのレザレノ・カンパニーかヘイムダールだな」
ロイドがそう提案する。それに否やを唱えるものはいなかった。


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