夢のあとさき
57

「姉さん!やっと元に戻ったんだな!」
イセリア牧場への道中、ロイドが嬉しそうに声をかけてくる。私も笑ってロイドの頭を撫でた。
「うわっ、何すんだよ!髪型崩れるだろ!」
「だって久しぶりのロイドだもん。嬉しくって」
「へへ、俺も」
ロイドがそばにいるとやっぱり安心する。というか、ずっと表情が動かせなかったせいで一周回って感情が全部顔に出ている気がした。まあいいか、嬉しいんだし。
「ねえねえレティ、私は私は?」
「コレットも久しぶりに会えて嬉しい!ごめんね、つらかったよね」
コレットの手を取って喜ぶ。ふと、首にかかったペンダント――ロイドが作ったそれににもう一つ要の紋がぶら下がっているのが見えた。アルテスタが作ったものだろうか、ロイドはちゃんと頼んでくれたらしい。
コレットも見たところはまだ元気そうだし。……空元気じゃないといいけど。
「レティ、ボクは?」
「ジーニアス、ロイドが迷惑かけなかった?」
「ちょっとだけ!」
「おいおいジーニアス、どういうことだよ!」
「レティちゃ〜ん、俺は〜?」
「ゼロスはゼロスだね」
「うーん、冷たい」
ふふっと笑ってしまう。世界が大変だというのに些細な喜びで笑ってしまう私は不謹慎かもしれない。でも、今から向かうイセリア牧場できちんと役割を果たせば目下の問題は解決するはずなのだ。気を引き締めていかないと。

とまあ、しばらくは和やかに向かっていたが、流石にイセリア牧場に近づくとみんな真剣な表情になっていた。前の方でロイドとクラトスが話しているのが聞こえる。
「どうして私を同行させたのだ?おまえたちが魔導炉を停止させるなら私は必要ないだろう」
「クルシスは信用ならないからだ。たまたま今回俺たちもレネゲードもあんたも、利害は一致したけれどいつどうなるのかわからないからな。監視しておくには近くにいたほうがいい」
「なるほど。賢明な考えだ」
ロイドなりに考えての行動だったようだ。しかし、クルシス――か。はたしてクラトスはクルシスの、ユグドラシルの考えのもとで動いているのだろうか。あの男は私たちをひととして認識してすらいなかったように思える。冷たい瞳を、圧倒的な武力を思い出して身震いした。
それを振り払うようにかぶりを振ってイセリア牧場の門を見上げる。遠目でしか見たことはなかったが、かなり頑丈なつくりのようだ。
「どうやって潜入する?門は閉まっているようだけど」
「俺が崖から敷地の中に飛び降りて門を開けるよ」
ロイドが答える。それをクラトスが遮った。
「いや、私が行こう。この程度の門なら飛び越えればいい」
マナの羽根がクラトスの背中から広がる。なるほど、そういえば私たちには羽根があったのだ。あってもこういうところで思いつかなければ役に立たないなと苦い気持ちになった。
クラトスに門を開けてもらい、イセリア牧場に潜入した私たちは二手に分かれて行動することになった。魔導炉の停止をする班と、培養体の救出をする班だ。
「ロイド、治癒術が使える者はどちらの班にもいたほうがいい。動けない人が収容されているかもしれないから」
「そうだな。じゃあ……」
こういう割り振りはロイドに任せるに限る。誰も文句を言わないからだ。
結局停止班はロイドに加えて私とコレット、ゼロス、クラトスになった。リフィルとジーニアス、プレセア、リーガルが救出班だ。リフィルがいないので魔導炉の操作はどうしようかと思ったが、最初に一人で行くと言っていたのでクラトスができるのかもしれない。最悪、私がなんとかできるだろう。ユアンのところで似たような操作を手伝っていたし。
ひとまずは二班一緒に進んでいると、培養体の収容場所に辿り着いたようだった。ディザイアンと一人の少女が言い争っている。少女は現れたコレットに顔を上げて目を丸くした。
「神子さま!」
「ショコラ!」
どうやらロイドたちはその少女と知り合いらしい。牧場に行く前に何かそんな話をしていたな。それはそれとして少女を人質に取るようにディザイアンが動いたのがマズい。
「動くな!おまえたちか!侵入者というのは!おまえたちの侵入を聞いて培養体が脱走した!責任を取ってもらうぞ!」
動けなくなったロイドたちに私は咄嗟に手を握った。私に魔法は使えない。だが、コレットが使うような天使術ならあるいは――
「うわぁーー!!」
その天使術が発動する前にロイドたちを救ったのはディザイアンの背後にいた男だった。彼も収容されていたのだろう。
人質がいなければディザイアンを撃破するのは問題なく、その後は救出班の面々に収容されていた人たちを任せることになった。私たちは魔導炉の停止を急がなければならない。

牧場の構造は見たところパルマコスタの牧場と似た雰囲気になっているようだった。イセリア牧場の内部データはユアンのところでちらりと見たことがあったはずだ。それを思い出しながら先に進む。
「ロイド、今のは間合いが甘かったな。もう一歩詰められただろう」
クラトスがロイドの戦いぶりをみてそんなことを言っていた。一歩下がってそれを眺める。隣にいたコレットもそれを微笑ましげに見ている。
「――ああしてると、ロイドとクラトスさんって兄弟みたいだよね」
兄弟、か。私は自分の表情が消えるのを自覚していた。
「そーねー。っつーか、兄弟にしちゃ、兄貴のほうがトウが立ってるよなあ」
ゼロスがにこやかに答える。私はようやく苦笑してロイドとクラトスから視線を外した。
「コレット。ロイドの兄なら私の兄ってことにもなるの?」
「あっ、レティとだったらそんなに歳が離れてないんじゃないかな。親子ってほどじゃないもんね」
「クラトスがいくつかは知らないけどね」
天使なのだから外見よりもずっと年がいっていてもおかしくない……のだろう。プレセアがエクスフィアのせいで外見年齢が止まったように、そうである可能性もある。
「それよりコレット、訊いておきたいことがあるんだけど」
「なあに〜?」
その話題は切り上げて、私は天使術の話をコレットに訊くことにした。どうやって覚えたのかと訊くと、「なんかねぇ、詠唱が自然に浮かぶの」と言われてしまい私は頭を抱えたくなった。
まあ、先ほどもなんとなくで発動できそうな気がしたので使うときになったらわかるのだろう。色々な術の中で何が出てくるのかわからないのが怖いんだけどね。


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