夢のあとさき
47

ミズホの副頭領の命令によって、私たちはレアバードを手に入れる前に雷の神殿に向かっていた。海路で北上した先にあった神殿は雷が落ち続けているというなかなかおっかない場所だ。自分に落ちて来なくても近距離で雷の軌跡を見るのは心臓に悪い。
「うわっ、避雷針があってもこわいねこれは」
「ふむ、避雷針の場所によって進路が決まるということか」
謎解きはリフィルの遺跡モードに任せておこう。私は露払いをしながらしいなの様子を伺う。彼女は相変わらずどこか緊張していて、それをコリンが励ましているようだった。下手に私が声をかけないほうがいいかと思って今はそっとしておく。
暗がりを進んで通路から落ちそうになったり、避雷針に落ちた雷のせいで床が抜けたりしながら私たちはなんとか仕掛けを解くことができた。封印に雷の精霊――ウンディーネとはまったく違う姿の、雷そのもののような精霊が浮かんでくる。
「いよいよだな」
「……いくよっ!」
しいながヴォルトに近づくと、ヴォルトはなにか言ったようだったが意味を取ることができなかった。リフィルが言っていた通り、ヴォルトは難解な言葉を操るらしい。慌てるしいなにリフィルは落ち着いて訳してくれた。
「落ち着いて、しいな。私が訳すわ。――我はミトスとの契約に縛られる者。おまえは何者だ?」
「またミトス?テセアラとシルヴァラント両方の精霊と契約できるなんておかしくないか?」
ロイドがヴォルトの言葉に疑問を浮かべる。それはもっともだ。やはり、言い伝えられている通りテセアラとシルヴァラントは同じ世界だったのだろうか。そうだとすると古代大戦の調停の証拠のことも不思議ではない。
けど今は置いておこう。ヴォルトはミトスとの契約は破棄されたと言ったが、契約は、人とのかかわりは望まないと言う。
「それじゃあ困るんだ!」
焦ったしいなが強引に仕掛けようとする。それをロイドが止めようとするが、次の瞬間襲ってきたのは激しい電撃だった。
「……くっ!」
吹き飛ばされて体勢が崩れてしまう。心の準備をしていたつもりだったが、不十分だったようだ。痺れて立ち上がるのも困難だ。
「みんなっ!これじゃああのときと同じじゃないか!」
そうじゃないと言いたいのに言えなくてもどかしい。そうしている間に、今度はヴォルトの電撃がしいなに襲い掛かる。それを庇ったのはコリンだった。
「……コリン!……コリン!?どうして!?」
地に伏したコリンに取り乱すしいなに、もう一度電撃が放たれる。私は今度こそ立ち上がったが、間に合わなかった。代わりにロイドが間に飛び込んで電撃を斬りはらってくれる。
「しいな。ヴォルトは人間を信じられなくなってるだけ。ちゃんと誓いを立ててもう一度契約してごらんよ」
「しいな!ヴォルトを力ずくでねじ伏せろ!コリンの力、無駄にするな!そうしないと、いつまでもヴォルトの影におびえるんだぞ!」
コリンの今際の言葉、そしてロイドの言葉に奮い立ったしいなは立ち上がった。周りを見回すとみんなも電撃から一応の回復をしている。よし、いけるか。
「……あたしを命がけで守ってくれたみんなのために、ヴォルト!おまえの力を貸せ!」

しいなが怯える理由もわかったくらいにヴォルトは強敵ではあったが、無事に契約は果たすことはできた。だがそれだけでは終わらず、ヴォルトが再び、そしてウンディーネも姿を現す。
「二つの世界の楔は放たれた」
静かにウンディーネが語り出す。ヴォルトの言葉も足される。
どうやら二つの世界で精霊の契約が同時になされたことで「マナは精霊が眠る世界から目覚めている世界へ流れ込む」というシステムが破棄されたらしい。つまり、ヴォルトとウンディーネの間のマナの流れはなくなったということか。
「それってつまり、シルヴァラントとテセアラの間で、マナが搾取されなくなったってことなのか?」
「……」
「わからない。ただ、二つの世界の間に流れるマナは分断されたって」
「そう。二つの世界はやがて分離するでしょう」
二つの世界が分離、か。シルヴァラントとテセアラが繋がっているのは精霊の契約のせい、いや、おかげだったのか。
それだと契約者の「ミトス」がますますきなくさい。二つの世界で精霊が同時に目覚めるのは初めて――というと、ミトスが契約したときは二つの世界は一つだったということか?ミトスが、このシステムに関わっている……?
精霊がロイドの問いかけに言葉を濁すのも気になる。精霊と契約すればシルヴァラントとテセアラの搾取しあう関係は戻るとしても……分離したらどうなるのだろう?大いなる実りは?マナは足りるのか?
どうして、そしてどうやってユグドラシルがこの世界のシステムを作ったのかが分からない以上、あまり軽々しく契約をしていってはいけない気がしてくる。
「ロイド」
「なんだ?」
「……契約に関しては慎重になるべきだ。たしかに世界の間のマナの搾取はなくなるかもしれない。でも、契約がそれ以外の役割を担っているとしたら、取り返しがつかない」
「それ以外の役割ってなんだよ?」
「わからない。どうやってこの世界を作ったのか、まだわからないんだ。だから……」
「そんな悠長なこと言ってる場合かよ!」
珍しく語気を荒げてロイドが言ってくる。私はとにかく、冷静に見えるようにロイドを諭した。
「取り返しのつかないことになったらどうするんだ。失敗してもいいことじゃないんだよ」
「でも、何もしないわけにもいかないだろ!少なくともマナの搾取はなくなるんだから、それ以上悪いことになるって言うのかよ」
「でも、マナはどちらの世界にも十分じゃない。大いなる実りがどうなっているか確かめないと世界が分離しても解決にはならない」
「それはいつ確かめられるんだ?できることを進めておくべきだろ」
完全に意見が分かれてしまって、簡単には口論は収まりそうになかった。ロイドの言っていることも間違いじゃない。でも、なんだろう。嫌な予感がする。
「二人とも、落ち着けって。こんなところで言い合わなくてもいいでしょうよ」
「ゼロス!」
「……ああ、そうだな。ロイド、ひとまずはレアバードの奪還が先だ」
「う、うん」
ゼロスが仲裁してくれたので私はホッとした。ロイドとこんなふうに言い合うこともあまりなかったし、お互い意固地になっているのも分かっていたからだ。ロイドから物理的に距離を取って息を吐く。気づくとリフィルもなにか言いたげにこちらを見ていたので、笑って誤魔化した。


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