リピカの箱庭
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「それはともかく。大佐にアニス、ディストはどうだった?」
そうだ、イオンのことはさておいて、ネイス博士の件だ。そもそもアニスがどんな用向きでマルクトに来ているのかわからないが、ネイス博士が関わりあるとすると彼の処分だろうか?
「あー、チョロかったよ。ねえ大佐」
「問題はないでしょうね。アニス、トクナガのメンテナンスは終わりましたか?」
「はーい、ばっちり!なので後は大佐に任せちゃいまーす」
「まあ、放っておいても勝手に働くでしょう。焚きつけておきましたから」
働く?ネイス博士を働かせるとなると、譜業とかその辺の話だろうか。トクナガの件ではなさそうだけれど。
「ガイラルディア、一体何があったのです?」
「あー……、まあ話はすぐ出回るだろうしな。実はついさっきご落胤騒動があってだな……」
「……ついにやらかしましたか」
「いやいや、陛下じゃなくて陛下の兄君のだよ」
「おや、そっちでしたか」
陛下の兄君というと帝位争いでかなり前に亡くなっているはずだ。そのご落胤とやらが今更――この、預言が廃されて揺れている時期に現れるとは。まあ十中八九偽物だろうな。
「なるほど、血縁関係の特定のためにネイス博士を使うというわけですか」
ネイス博士は学者としては優秀だし、うってつけなのだろう。罪人だが。
「ご明察。ジェイドがちゃんと説得してくれたんだろ?」
「ええ、もちろん」
「アレを説得と呼べるかどうかはわかんないけどねー」
アニスが肩を竦める。ネイス博士、カーティス大佐の言うことならホイホイ聞いてしまいそうだし、「チョロい」ってのはそういうことだろうな。
「アニスが来たのはその件でだったのですか?」
「いえいえ、イオン様からの親書は……」
言い淀んだアニスに気が付く。まあ、適当に立ち話の内容としては不適切だろうな。私はひとつ咳ばらいをした。
「アニス、しばらく滞在するのでしょう?我が屋敷に泊まっていったらどうでしょう。ガイラルディアも積もる話もあるでしょうし」
「ええっ、伯爵様のお屋敷に!?いいんですかぁ?」
「よくなければ言いませんとも」
ついでに教団とガルディオス伯爵家とのつながりを見せる機会にもなる。私が預言を重視しないということは思ったより周りにバレていたし――今後の方針で言えばそっちが主流になるのだろうけれど――教団をないがしろにしていると思われるのはマズい。揺れている中だからこそきっちり地盤は固めておかなければ。
「やったぁ!じゃあぜひぜひ!」
「……」
喜ぶアニスとは対照的にカーティス大佐は何か言いたげな視線を向けてくるが知ったものか。保身、大事。ガイラルディアも帰ってきたのだからなおさらだ。
「では私は準備がありますのでこれで。ガイラルディア、帰りはアニスと一緒にお願いします」
「了解。大佐にアニス、一度陛下に報告に行くだろ?」
「行ったらまた長々捕まりそうですが……護衛の件もありますからね」
カーティス大佐が一度嫌がるそぶりを見せるのはいつも通りではあるが、なんというか、今日は本気で疲れているようにも見える。陛下、一体何をしたんだろう……。なんとなく想像がついてしまうのが怖い。自分で城下をウロウロしたりしたんじゃないだろうな。
その場で三人とは別れ、待機していたヒルデブラントと合流する。ジョゼットがいなくなってしまったから最近王城に上がるときはヒルデブラントに頼んでいる。そろそろアシュリークもきちんと教育して連れて来られるようにしようかな。エドヴァルドがもっぱらガイラルディアの補佐をしているので人員が足りなくなってきたところもある。
「ヒルデブラント、ご落胤の件は知っていますか?」
「ああ、先ほど庭でそのご落胤とやらが演説をしていてトラブルがあったようです。陛下御自らお声をかけたとか」
「……嫌な予感ほど当たりますね」
城内が慌ただしかったので陛下が逃げ出しているっぽいのは予想ついていたのだけど、アニスまで連れまわしていたのだろうかあの皇帝は。一応は導師の代理なんだけど、ルークに対する態度といい本当に自由な人だ。
預言の廃止にご落胤騒動、導師からの親書――すべて無関係とは思えない。ここからさらに大きな騒動に発展しそうな気がして頭が痛くなってきた。ホドグラドに戻ったらグスターヴァスにでも城下の調査を頼むとしようか……。


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