リピカの箱庭
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ちらちらと向けられる視線にはとうに慣れたのだけど、まっすぐ突き刺さるそれは振り向けと言わんばかりだ。無視しようと思ったが、近づいてくる足音にどうしようもないことを悟った。
「おやこんにちは、ガルディオス伯爵」
「ごきげんよう、カーティス大佐」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて大変楽しそうに声をかけてくるカーティス大佐に私はとりあえず挨拶を返した。この人、含みがあるのだかないのだか本心がさっぱりわからないのだけど、あるように見えるからたちが悪い。勝手に相手が疑心暗鬼に陥るというか、そんな感じで。
で、私もそうなりかけている。
「お元気そうで何よりです」
「ええ、ガルディオス伯爵も。王城にいらっしゃるとは珍しい」
「最近は定期的にこちらで執務をしていますよ。カーティス大佐がご存知ないとは知りませんでしたが」
「こちらも忙しくてですね。何せ仕事が溜まりに溜まっているわけでして」
「ピオニー陛下の信の置ける懐刀と名高いカーティス大佐もそのように嘆かれるのですね」
「いやですねぇ、私は体のいい使い走りですよ。ガルディオス伯爵こそジョゼット殿がキムラスカに行かれてお忙しいのでは?」
「ええ、ジョゼットが爵位を取り戻したことは喜ばしいのですが。しかし我が兄も戻ってきましたから忙しいというほどではありませんよ」
「おや、ガイラルディア伯爵殿は優秀なお方でしたか」
「それは一緒に旅をしてこられたカーティス大佐もよくよくご存知だと思ったのですが」
「……レティ、ジェイド。怖いからやめてくれないか?人が避けてるぞ」
とまあ、仲良く会話をしているとガイラルディアが遠慮がちに声をかけてきた。
「噂をすれば影ですね」
「よう、旦那。何レティに絡んでんだ」
ため息をつきながらガイラルディアがカーティス大佐に歩み寄る。カーティス大佐はニコリと、相変わらず胡散臭いがなんとなく雑な笑みを浮かべた。
「私がかのガルディオス伯爵に絡むような不埒者に見えていたなら心外ですね」
「いやどう見ても絡んでるだろうよ……。レティも大佐の相手なんてまともにしなくていいから」
「売られた喧嘩は買うのがホドの流儀でしょう」
「知らないぞそんな流儀!?」
ガイラルディアが頭を抱える。使用人暮らしが長かったから――というよりもあのめちゃくちゃな面子で旅をしていたからだと思うけれど、ガイラルディアはすっかり仲裁役が板についてしまっている。別に気苦労をかけたいわけではないのだけれど。あと喧嘩を買うのはカーティス大佐限定だ。
「まったく、レティがこんな喧嘩っ早いならティアにうちに残ってもらうよう頼み込めばよかったぜ」
「残念ですが、ガイラルディア。メシュティアリカはカーティス大佐相手なら秒で丸め込まれます」
「言えてる……」
「ノイも出て行ってしまいましたし、いっそアッシュを雇えば良かったですかね」
「恐ろしいことを言うな」
メシュティアリカもアッシュも、今はもうホドグラドにいない。メシュティアリカは半瓦解したローレライ教団、というかユリアシティに戻り、アッシュはアブソーブゲートに行くと言い残したものの今は実質行方不明である。まあ、連絡するという言質はあるからなんとかなるだろう。アルビオールだって貸してるわけだし。
イオンもアリエッタを連れてダアトに行き、ジョゼットはすでにバチカルへ行ってしまったからなんだかぽっかり空いた穴がそのまま残っているような気持ちにもなる。
「まあまあ、元気なご家族がいて喜ばしいではないですか、ガイラルディア伯爵」
「その呼び方も不気味だからやめてくれ」
「それはあなたの元気な妹君に訴えられてしまうかもしれませんからねぇ」
「レティ……」
ガイラルディアが生温い視線を向けてくるが冤罪だ。
「私はそんなこと一言も言っておりませんし、ガイラルディアの交友関係に口を出すつもりは基本的にありません。しかしカーティス大佐が私のことをどのように考えているのかお聞きした方が良いかもしれませんね」
「ガルディオス伯爵がこうも熱烈なお方だったとは」
「はいはいはいはい、いい加減にしろって。というか大佐、アニスはどこ行ったんだ?一緒にディストのところに行ってたんだろ」
ああ、そういえばダアトから導師の使いが来るとかいう話があったっけ。それとディスト――ネイス博士はグランコクマの収容所にいるわけだが、尋問担当のカーティス大佐だけではなくアニスが一緒に行っていたとはどういうことなのだろう?
「それは……」
「いたいた!大佐ぁ……って、ガイもいるし、はうわっ!ガルディオス伯爵様っ!お久しぶりです!」
うーん、デジャヴ。元気に飛び出してきたアニスは私を見て驚いたように瞬いた。
「久しいですね、アニス。元気にしていましたか?」
「はい!とーっても!伯爵様もお元気そうで何よりです!まあ、アリエッタたちに聞いてはいたんですけどね」
「ノイとアリエッタは今そちらに?」
「えーと、ノイは導師守護役になってて、アリエッタはその補佐ですねえ。案外うまく回ってるっていうか」
えっ、導師守護役?イオンが?!アリエッタは元々そうなのだが、まさかイオンがその役に就くとは。まあアニスが出向いているのなら、導師のお守りは別に必要になるのだけど。
「それ大丈夫なのか?顔とか」
ガイラルディアも思ったのか尋ねてくる。確かに同じ顔だし、バレたらちょっと問題だ。
「大丈夫だよ、モースもいないし詠師トリトハイムには話通してるし。顔は仮面で隠してるんだけど、ほらシンクがいたじゃん?だから案外皆気にしないの。ノイ、最初はシンクに間違えられてて怒ってたけどねー」
「それは怒りそうですね」
イオンもなかなか大変である。まあ、導師のサポートをしたいなら一番やりやすいのは導師守護役なのかもしれない。アニスとも上手くやってるなら、もしかして導師は――。
いや、まだ確定じゃない。期待しすぎるのも良くないだろう。
しかしイオンが素直にダアトに戻るとは思っていなかったが、やはり一時期でも導師と行動を共にしていたのが大きいのだろうか。アリエッタだけではなく、イオンも変わったのだろう。


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