リピカの箱庭
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「よし。――ノイ、アッシュ!」
つかつかと歩み寄ると後ろでメシュティアリカが「伯爵様!」と慌てたように呼びとめてきたが、そうやってるといつまでたっても止められない。想像通り、イオンとアッシュは二人してこっちを振り向いた。
「なに?邪魔しないでほしいんだけど」
「お前の出てくる幕ではない」
仲良く追い払うとしてくるが、そうはいくか。
「鍛錬ならここではなく騎士団の鍛錬場でやりなさい」
「はあ!?鍛錬なワケないだろう!?」
「では私闘ですか」
「そりゃ……あ」
うん、そうなんだよ。ハッと気がついたイオンがしまったという顔をするが語るに落ちてからでは遅い。
「ホドグラドでは私闘を禁じています。ガイラルディア!彼らを捕らえて牢に放り込んでください!」
「りょーかい」
ノリノリでガイが加勢してくるのにイオンもアッシュも焦った表情になる。
「ちょっと、待て待て待て!」
「禁錮七年くらいですかね」
「おいレティシア、本気か!?」
「ここの法は私です。おっと、抵抗するならメシュティアリカの譜歌が火を噴きますよ」
「火は噴きません……」
とまあ、ここまで言うとそれなりに素直なのがイオンである。主にエゼルフリダのおかげだ。
「わかった、やめるから!ここで喧嘩したことには謝る!」
「よろしい、釈放します」
「はあ……、なんでそんなに横暴なの?あんた。いくら伯爵と言えど……ってこいつが来たからもう伯爵じゃないんだっけ」
呆れたようなイオンはそう言いながらちらりとガイラルディアを見た。私は肩を竦めた。
「横暴とは心外な。それに残念ですが、私はまだ伯爵位を持っています。正確にはガルディオス家の当主にガイラルディアを据えた後に新たに与えられたのですが」
「げ、じゃあ代理ですらないワケ?」
「その通りです。正式にここをいただきましたから」
イオンの懸念通り、やりたい放題できちゃうわけだ。私が法と言ったのもあながち嘘ではない。
「ということですのでアッシュ、あなたは今夜牢屋で過ごすことになりますが」
「今のお前をナタリアに見せてやりたい」
「ナタリアナタリアとしつこい男ですね。嫌われますよ」
アッシュの中で私への悪口イコールナタリア姫が失望するなのはどういうことなのか。別に私は敵国の姫君にがっかりされても痛くもかゆくもないぞ。すでに宣戦布告をしたくらいである。残念ながらナタリア姫はアッシュが思うほどか弱くはない。
「う、うるせえ!」
「今ならごめんなさいで許してあげましょう。私は海のように寛大ですから」
「なぜ俺が謝らなきゃなんねえんだ!悪いのはこいつだ!」
びしっとイオンを指差すアッシュは聞き分けが悪いし、イオンはとっとと謝れよと言わんばかりの顔を隠そうとしない。しょうがない、選手交代と行こう。
「ガイ、どうにかして」
「えっ、俺?」
そそくさとガイラルディアを盾にとる。驚いた顔のガイラルディアとは対照的に、アッシュは苦虫を噛み潰したような表情で「汚ねえぞ……」と呻いた。
「ほら、ガイ。がつんと言ってやって」
「つってもレティの言うこと聞かないなら無理じゃないか?」
「大丈夫大丈夫。アッシュ、わかっていますよね?」
ガイラルディアと仲直りしたいなら謝れと言外に告げると、アッシュはますますむくれたように顔をそらした。素直じゃないなあ。
「……なんかレティ、アッシュと仲良くないか?」
そしてガイラルディアの興味が叱るどころか謎の方向に向かってしまった。仲が良いように見えるだろうか。
「まあ、ある程度の知人なので」
「ある程度ってなんだ……」
「一緒にラジエイトゲートに行きましたから。ねえ、アッシュ。誰かがこの研究所に単身で襲撃をかけてくるものですから」
「そっちが勝手な勘違いしただけだろうが」
「あの状況で神託の盾の制服を脱がない方が誤解を招きますよ」
ちなみにそんな理由でアッシュもメシュティアリカも今は神託の盾の制服を着ていない。アッシュなんかは仕立てのいいシンプルなシャツとスラックス姿だけど、そうしてみるとまあ確かに貴族だなという印象だ。ルークは結構がさつなところがあったから、むしろアッシュの方が品がいい。
「というかレティシア。知人ってなんだ」
「はい?あ、誘拐犯のほうが良かったですか?あなたも根に持ちますね」
半ば強引にホドグラドへ連れてきたのは確かだけれど。ああでも、誘拐犯というと彼の心中は複雑だろうか。
「お前が言ったんだろうが!友達になってやると!」
が、アッシュが予想外のことを言い出したので、私はつい固まってしまった。
我ながら悲しいことだけれど、友達、と自認している相手はアシュリークくらいだ。とはいえアシュリークは部下であるし、そもそも付き合いのある相手は上下関係があることがほとんどだ。イオンはまあ……また別なんだけれど、友達かどうか考えたことはなかったし。
「伯爵、そんなこと言ったの?こいつはやめたほうがいいよ」
「お前は口を挟むな!」
イオンがまぜっ返すのを眺めながら思い返してみる。友達になれると言ったのはガイラルディアのことのつもりだったが、アッシュにとっては違ったのだろうか。うーん、友達……友達かあ。打算とか関係なく、アッシュをまじまじと眺めてみた。
私はアッシュを死なせたくない。それはアッシュが――ルーク・フォン・ファブレがその立場を失うと分かって見過ごしたからという罪悪感のせいだと思っていたけれど、情が湧いた相手だから、というのもきっと嘘じゃない。
「では訂正しましょう。アッシュ、私に友達を牢にぶち込ませる真似をさせたくなくば謝ってください」
「はあ……、悪かった」
アッシュはあっさり謝った。呆れ混じりのため息は気になるが、追及しないでおこう。


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