リピカの箱庭
113

謁見を終えて私はその足でガイと共にホドグラドの研究所へ向かっていた。今ならメシュティアリカやアッシュもいるだろう。
「ああ!伯爵さま!ちょうどいいところに」
研究所に足を踏み入れたところでルグウィンに声をかけられる。メシュティアリカも一緒だった。
「何かありましたか?」
「それが、ノイとアッシュが喧嘩してるんです。外の庭で」
研究所は敷地が広い。何かあって周りに被害が及んだら問題であるためなので、その建物と周りのフェンスのエリアを便宜上庭と呼んでいた。事実、一角では植物を育てたりしているし。
困った顔のメシュティアリカに、私はため息をついた。
「庭ということは……武器、持ち出しているんですか」
「はい。止めようとしたんですが」
アッシュは元六神将だしイオンもダアト式譜術を修めた元導師だ。研究員の手には余るだろう。なんなら騎士の手にも余る。警備の人間には何かあれば私を呼び出すよう伝えていたのでいいタイミングというのは本当だ。
「アッシュとノイは仲が悪いのか?」
ガイが不思議そうに言うので肩をすくめてみせる。
「似た者同士だから」
「ああ……」
「ノイはともかく、アッシュの頭に血が上っていたらただでは済まないかもしれませんね。ガイ、ついてきて。メシュティアリカ、あなたも時間があれば付いてきてくれますか」
「はい!」
「助かります。いざとなれば譜歌で落としましょう」
まったく、血の気の多い子どもは扱いが難しい。イオンはともかくアッシュは自分の立場に自覚がないんだろうか。ないんだろうなあ。私に無理やり連れてこられたのだし。
「レティも大変だな。しかしなんでアッシュを連れてきたんだ?」
ガイに尋ねられて、私はなんと答えようか迷った。だが隠し立てすることでもないだろう。
「音素乖離が発生している可能性があったからだよ」
「音素乖離?」
「アッシュは特殊なオリジナルなの。レプリカ情報を抜かれた直後に死に至るオリジナルはいるけれど、通常それ以降はなんの問題も発生しない。でもアッシュはローレライの同位体――第七音素で構成されたオリジナルだ。そしてルークも同じ。つまりは完全同位体というものなんだ」
「それで……」
「完全同位体のオリジナルに音素乖離の兆候が見られるなら、大爆発だと考えるのが自然だ。簡単に言うと、レプリカが消える可能性がある」
「っ!」
ガイが足を止める。メシュティアリカも同じように目を見開いて震えていた。私も数歩先で立ち止まって振り返る。
「ルークが消えるかもしれないのか!?」
「この現象は理論上はあり得るけれど実際に成立する条件はかなり特殊なんだよ。実際、これまで現象として観測はされていない」
「それじゃあ、伯爵さま。ルークは……」
「どう転ぶかはわからない。だから調べたいのです」
二人は顔を見合わせる。そして縋り付くように私を見た。
「レティ。頼む、ルークを死なせないでくれ。あいつはまだ七年しか生きてないんだ」
「分かってる。でも、できることとできないことがある。この世に絶対はない」
変に期待を持たせる方が残酷だ。私がそう告げると、ガイラルディアは表情を曇らせた。
「このことはルークには言わないでほしい。レプリカであるという理由だけで死ぬかもしれない、なんて知りたくはないでしょう。自棄になって何をするかもわからない」
「ああ……」
「……わかりました」
今のルークは自己肯定力があまりに低い。大爆発が起きるからといっていつ死ぬかは――いや。廊下を歩きながら考える。どうやって止めるか、を考えたことはあったけれど、発生時期あるいは条件を深く考えたことはなかった。
いつ大爆発が起きるかというのは謎が多いとされているが……音素、つまり周波数が関係するとすればいわゆる半減期から算出可能なのではないか。おそらくこの世界には放射性崩壊の概念がないが、レプリカの音素乖離が放射性崩壊によるエネルギー放出によるものだとしたら?
そもそも、譜術理論における音素からのエネルギーの取り出し方を考えれば――違う、それだと音素の属性が問題だ。第七音素特有の事象……もしかして、超振動とはそういうことなのか?となるとオリジナルに吸収されるということは。
「レティ?」
「……エネルギーの情報が音素に?ならレプリカの音素の情報を……」
「レティ、どうしたんだ」
「……なんでもない。っと、聞こえてきたね」
裏庭へ続くドア越しに剣戟の音が聞こえる。やれやれ、派手にやりあっているなあと思いながら扉を開くと、向こうにいたアリエッタが振り向いた。
「伯爵さま!」
「こんにちは、アリエッタ。いい天気ですね」
「え?は、はい……」
アリエッタもガイラルディアとメシュティアリカを見てすぐに威嚇しなくなったあたりは丸くなった。それなりに一緒に行動していて情が湧いたのだろうか。イオンはともかくアリエッタが封咒を解くのについていったのはイオンがいるからというだけの理由だったのだけれど、打ち解けられたのならよかった。
「で。ノイとアッシュは元気ですね」
「のんびり言ってる場合か?」
アッシュは思いっきり剣を抜いているし、イオンも退く気はさらさらなさそうだ。稽古というには激しすぎる、喧嘩どころか殺し合いに片足突っ込んでいるそれに私はアリエッタを見た。
「アリエッタ、二人はどうして喧嘩を?」
「アリエッタもよくわかんないです。怒鳴りあってたと思ったら、喧嘩しはじめて。イオン様は手を出すなって言うし……」
なるほど、アリエッタが介入していないのはイオンの命令か。まあ、本気でキレたらアリエッタも加勢させるだろうからその点は心配ないっぽい。
さて、いい加減止めようか。見ているぶんには面白いのだけれど、イオンのダアト式譜術とかアッシュの我流交じりのアルバート流剣術とか。


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