リピカの箱庭
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ガイラルディアのお墨付きももらったところで、私はジョゼットを呼び出した。二人きりの部屋でジョゼットは硬い表情を崩さない。
基本的に、ジョゼットは多少気安い口調になってもガルディオス家の騎士としての態度を崩すことは少ない。特に最近はそうだと思う。叔父様の下にいたときだって、ジョゼットは騎士のままだった。そんなジョゼットにセシル家復興の話を持ちかけるのは少し気が重い。
「……なるほど。理解しました」
ことのあらましを告げると、ジョゼットはこくりと頷いて私を見た。
「それで、ご命令は?」
あまりにためらいがなかったので、こちらの方が面食らってしまう。
「ジョゼット、あなたはどうしたいのですか?」
「何をおっしゃるのですか。私はあなたに仕える騎士。あなたの命令に従うのみです」
「ですが」
「伯爵」
それにしたって、と言い募ろうとしたところでジョゼットは首を横に振った。
「選ばせたのはあなたですが、選んだのは私です。母を殺したあなたに私は忠誠を誓った。セシル伯爵家のジョゼットは、もうどこにもいないのです」
――キムラスカの貴族は、マルクトにはいられない。
当然の話だった。私だってそうだとエドヴァルドに言ったはずだ。ジョゼットお姉様を受け入れるとしても、それは貴族の娘としてではないのだと。
キムラスカ貴族のジョゼット・セシルは私が殺した。ここにいるジョゼットは、ガルディオス家の騎士にすぎない。だから、彼女にセシル家を復興するかの決定権などどこにもないのだ。
「……そう、ですね」
ジョゼットの覚悟はそれほどのものでなくてはならなかったのだ。私が思うよりずっと深く、重く、真っ直ぐにジョゼットは選んでいる。
「では、命じます」
この機をどうするかは私が決めることでしかない。そうだ、ガルディオス伯爵代理として取るべき選択は決まっている。
「キムラスカに行き、セシル家を復興しなさい。我が家の騎士として」
キムラスカ側における駒があるなら、有効活用するに越したことはない。叔父様がどんな理由で断ったのか知らないけれど、私はこうする。ジョゼットの持つアドバンテージを活かせるのはこの方法だから。
「拝命いたします」
ジョゼットはようやくにこりと微笑んだ。つい声をかけてしまう。
「……いいのですか?きっと、大変ですよ」
「あなたを見て、大変だなんて言ってはいられないわ」
「ジョゼット」
ジョゼットが亡命してきたその日を思い出す。自分だって大変な目に遭ったというのに、幼い彼女は私のことを心配してくれていた。
「大丈夫です。私はあなたの騎士ですから。ファブレ公爵の手のひらの上で踊るとしても使いようはあるはずです」
彼女の立ち位置は、かつてのセシル家の令嬢――お母さまと似ている。敵国に、友好の証として向かわせられるというのはどんな気持ちなのだろうか。
どんな感情を抱いたとしても、私は命令を覆すことはできない。
せめてと思って机の抽斗を開けた。鍵がかかっているそこから、さらに鍵のかかっている小箱を取り出す。
「ジョゼット、これを持って行きなさい」
「これは……?」
「あなたの身を守るものです」
箱に収まっているのは一つの宝玉だ。そう、ローレライの宝珠を模した、響律符である。
「性能の良い響律符ですから、いざという時に役に立つでしょう。特に譜術攻撃に対してはかなり強力ですよ」
「レティシア様、私は戦いに行くのではないのですけれど……」
「何があるかわかりませんから。あなたの好きなように使ってください」
それに、ジョゼットは騎士なので戦いの道具を渡すのは間違ってはいないと思う。ジョゼットは少し困ったように眉を下げたが、響律符は受け取ってくれた。
「しかし、ジョゼット。その……余計なお世話かもしれませんが」
「何です?」
ふと、このタイミングで思い出してしまったことに私は眉を顰めた。こんなことを言うべきではないかもしれないが、確かめたくなってしまうのは「知っている」からだ。預言に囚われる人間の愚かさとはこういうものなのかと自分でも呆れてしまう。
「あなた、……交際している相手などはいないのですか?」
ひとたび貴族として地位を得てしまえば、ジョゼットの婚姻は政略の道具となる。だからもし交際相手がいて、かつ結婚を望むのなら、今してしまわないと今後は難しいのだ。流石のキムラスカ王族も再興したいのならすでに結婚している相手と離婚しろなんて馬鹿げたことは言わないだろうし。
ジョセットもそれが分かったのか、眉を下げて笑った。
「あなたが心配することじゃないわ」
「私はあなたの人生の幸福を奪うつもりはないのです。本当のことを言ってください」
「……本当よ。交際している相手はいないわ。心配するようなことは、何もないの」
「ジョゼット……でも」
フリングス少将の名前を出しそうになったのをぐっとこらえる。ここで言わないことが正しいのか、自分でも分からなかった。
もし本当にフリングス少将と交際していて彼と結婚したとして、カーティス大佐に次いでピオニー陛下のお気に入りである少将がジョゼットについてキムラスカにいくことは難しい。フリングス少将の将来を考えると、結婚しないという選択を取ることはおかしくなかった。
「私はあなたのことが大切なの。あなたの力になりたい。そしてこれは私にしかできないことだわ。レティシア、私の幸福ってそういうものよ」
「……奇特すぎます」
「何を言っているの、あなたの騎士はみんなそう。私のことなら心配しないで」
そこまで言うのなら、私もこれ以上口出しはできない。
このことに囚われるのはやめよう。首を横に振る。私にできるのはもう、こちらの有利になるようにキムラスカと交渉することくらいしかないのだから。


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