リピカの箱庭
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ラジエイトゲートで六神将のリグレットが待ち受けている――ということは幸いなことになかった。私たちはギンジとアルビオールを残して古代の、巨大な機関に足を踏み入れた。
「うわ、セフィロトって全部こんなんなのか?音素がやべーぞ」
「こことアブソーブゲートは特別に大きいからね。きょろきょろしてはぐれないでよ」
「誰が!お前だってアリエッタから目を離すなよ」
「アリエッタ、迷子になんてならないモン!」
むうっと膨れて反論してくるアリエッタにアシュリークは少し驚いた顔をしていた。わかる、彼女はこれまでかなり内向的でこうやって噛みついてくることは稀だった。エゼルフリダよりも年上の、アリエッタと似た年頃の少年少女たちとコミュニケーションをとることでこういう返しができるようになったのかもしれない。
「まあ、いつ崩落してもおかしくはありませんから、そういう意味でも固まっていきましょう。アッシュ、あなたは力を温存しておくように」
「チッ、そんなの性に合わねぇ」
「せっかくゲートまでたどり着いても無駄になりますよ。協調性を学びなさい」
「全くだよ。貴族のわがままお坊ちゃん丸出し」
「キムラスカの教育レベルが知れるぜ」
「何だとおまえら!」
こっちはこっちで煽りまくり噛みつきまくりである。アシュリークにアッシュの素性を伝えたはいいが、やはりキムラスカ人ということで印象は悪いらしい。イオンはまあ、そういう性格だし……。
「はあ……。前途多難ですね」
「伯爵さま、だいじょうぶですか?」
「利害は一致しているので、大丈夫なはずなのですが」
アリエッタが心配してくれるが、まあ実害が出るまで放っておこう。私はガイラルディアのような優しさは持ち合わせていないのだ。
「レティシア!こいつらを騙らせろ!」
「伯爵に頼るとか恥ずかしくないの?鮮血のアッシュともあろう者が」
「本当だよな。ただでさえここに来るのだってガランに頼りまくりなのに」
「ッもういい、叩き斬ってやる!」
……出そうだな、実害。私は剣の柄に手をかけたアッシュより先に剣を抜いた。
「静かになさい。喧嘩をしたいなら後で存分にさせてあげますから」
「……なんかおっかねえこと考えてねえ?」
「あなたがたの聞き分けが悪すぎるからです。アシュリーク、あなたは年上なのですよ。子どもを虐めない。ノイ、何をはしゃいでいるのか知りませんがこれは仕事ですからはめを外さない。アッシュ、やると決めたのなら八つ当たりはしないことです。身が持ちませんよ」
「……」
黙り込んだ三人に私はやれやれと剣を納めた。「説教だけでいいのに剣抜く意味あった?」「一番キレてるのあいつだろ」「やっぱりナタリアは騙されてんだ」仲良くこそこそとさえずっているのは無視する。人間というのは共通の敵に対しては自然と団結するものだ。理想上は。

とかなんとか妙に緊張感がないまま最深部に辿り着き、ゲートがまだ起動していないことを確認して一息ついた。あとは向こう――アブソーブゲートのルークとタイミングを合わせて地殻を降ろすだけだ。
「でもさ、伯爵。いいの?」
「何がです」
待機しているとふとイオンがそう話しかけてきた。イオンは自分から振ったわりに少し話しにくそうに口ごもる。
「その……ヴァンのこと」
「……」
まさかイオンに聞かれると思わず、私は瞬いた。アッシュもこちらを見ている。
彼は這ってでも己が師匠を殺すと言った。ルークは止めると言った。メシュティアリカは兄が心配だと言い、それでもアブソーブゲートへ向かった。ガイラルディアは、決別した。
私は――。
「あいつ、アクゼリュスであんたを殺すつもりはなかったって言ってた。ティアやガイにも六神将は声をかけてたけど……ヴァンは、あんたも仲間に引き入れるつもりだったんじゃないか」
「ヴァンデスデルカが、私を仲間に?……おかしなことを言いますね」
本当に妙な話だ。ヴァンデスデルカはここまで私を必要としなかった。だから、彼は私の力を必要となどしていない。たとえ私が何を知っていようとも。
「私がここにいることが答えです。それ以上でもそれ以下でもありません」
きっぱりと言い切ると、イオンは口を閉ざした。アシュリークは視線を逸らし、アッシュも俯く。
追及がなかったのは、同時にゲートに動きがあったから、というのもある。アシュリークが構えるように立ち上がった。
「これは!」
「レプリカがパッセージリングを動かしたんだ」
アッシュも立ち上がり、音機関に向かって手をかざした。ここからはもうアッシュに任せるしかない。
固唾をのんで見守っていたのがどれだけの時間だったのかは分からなかった。ひどく長く思えたし、あっという間だった気もする。確かだったのは、終わったと同時にアッシュの手の中に突如として現れた剣があったことだった。
「アッシュ!それは……」
「……ローレライ」
「ローレライの……鍵?」
ぽつりとつぶやいた言葉にアッシュは振り向く。彼の顔色はお世辞にも良いと言えなかった。
「くそっ!アイツは何をしてるんだ!」
「アッシュ、何があったのです。ローレライからの接触があったのですか?」
「栄光を掴む者だ!」
カツカツと高い靴音を立ててアッシュが立ち去ろうとする。私はイオンと顔を見合わせてからその背中を追いかけた。
「ヴァンデスデルカがどうしたのです。地殻の降下は成功したのでしょう」
「ああ、地殻の降下はな」
嫌な言い方だ。だが、最大の懸念事項は片付いているはず。ならば次に優先すべきは一つだ。
「アッシュ、身勝手な行動は許しませんよ。アルビオールに乗る以上、ホドグラドには来てもらいますとも」
「なぜお前に従わなきゃなんねぇんだ!俺には時間がない!」
「だからです。あなた、このまま消えるつもりですか」
ぴたりとアッシュは立ち止った。
アッシュの焦りの原因の一つは、完全同位体のレプリカとの間で起こる大爆発だろう。ならばなおさらホドグラドの研究所に連れて行かなければならない。
「だいたい今回の件で莫大な貸しがあるのですから、あなたに断る権利などはなからありませんよ。さ、さっさと戻ってしまいましょう」
「了解。ギンジを待たせるのも悪いしな」
「ま、こんなところわざわざ長居したくはないしね」
「アリエッタもそう思います」
すれ違いざまに立ち止まったままのアッシュの背を軽く叩く。アッシュの足音はそのすぐあとに聞こえてきた。


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