深海に月
22

タルカロンが停止し、星喰みが討ち倒されたのはそれからしばらく後だった。いろんなひとが協力していた――騎士も、ギルドも、関係なく。そんな町がわたしのいる場所だった。
魔導器は全て使えなくなると思われていたが、実際はそうならなかった。凛々の明星のひとたちと一緒に行ったフレンいわく、剣持つひとが力を貸してくれたおかげらしい。
それでも世界の魔核は徐々に精霊に変わっていくだろうということだった。精霊がいる以上は変化は抑えられず、十年後にはほぼすべての魔導器が使えなくなるというのがリタさんの見立てだった。リタさんはマナを使う技術を考えると言っていて、いつかは魔導器にその技術が取って代わるのかもしれない。
オルニオンとエステルが名付けたこの町には結界魔導器がないから、大きく変わることはない。魔導器がなくなるということを町の人たちはすんなりと受け入れて、先進的に考えていた。例えば治癒術が使えなくなったらどうするかとか、戦いにも魔導器を使えなければどう戦術を考えるかとか、そういう話だ。全ての人がそうであるわけではないけれど、自ら結界魔導器の外に出ることを選んだ人たちだからか、前向きな考えを持っていた。

「……ひとは変わります。世界に生まれた大きなうねりに飲み込まれ、省かれるひともいるです。けれど停滞はない」
町を見下ろせる丘の上で、わたしは横に立つひとを見上げた。長い髪が風に揺れる。
「何もかも救われるのが正しくはないです。誰も彼もが正しいだけではないです。二つに分けられるものなんてありません」
「……」
赤い瞳が細められる。その手にはもう剣はなかった。
「かつて世界から弾き出されたお前がそう言うのか。救われぬものがいることを是とすると?」
「ひとでなくても、そうです。世界はそうできている」
この選択が何もかも正しい唯一の道でなかった。彼の考えだって、間違ってはいなかった。人が世界に害をなすのなら滅ぼせばいいのだと、立場が違えばそう結論づけるのはおかしくない。
何を一番に考えても、手のひらからこぼれ落ちるものはある。それを救いきることができないのを悔やんでも、救いきれないから正しくないのだとは言えない。
「もし、間違いだったと思うなら、あなたはまた戦えばいいです。それを選ぶことを止める権利はない」
最後に協力をしたということは、少しでもこの世界の進む方向に共感したということだろう。でも、本当に変わった世界を見て、間違いだと思うことだってあると思う。その時どうするかは彼だけが決められることだ。
「私に監視者になれとでも?」
彼は皮肉気に言う。そうである役割を忘れ、魔導器を独占した帝国の皇族や貴族たちを思い浮かべたのだろう。でも、それだってひとが変わるという証左だ。変われるし、変わってしまう。
「あなたはあなたの心のままに」
青い空を見上げる。もう星を蝕むものはいない、美しい空だ。
彼は――デュークは薄く微笑んだ。
「そうだな。そうするとしよう。我が友ではなく、私の心のままに」
そう言い残してデュークは踵を返した。また風が吹く。デュークがこの世界を見てどう結論付けるのか、どう動くのか。この先知ることはあるのだろうか。
町を見下ろす。「街」とはまるで違う場所。
ここからきっと、未来が始まるのだ。


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