深海に月
20

哨戒から戻ると騎士団の本部にはフレンがいた。騎士の人たちの報告を聞いてからわたしに声をかけてくる。
「レティシアも哨戒に着いていっていたのかい?」
「はい」
「あー……、その、危険なことはないように気をつけてはいます」
「確かにあの時のようなことはそうないだろうが……」
フレンは難しい顔をして考え込んでしまった。わたしはちらりと騎士の人を見上げる。騎士の人は眉を下げて苦笑した。
「あまり団長を困らせないようにしてくださいよ、レティシア様」
「困るです?フレン」
「君は騎士じゃないからね」
それはそうだ。フレンを困らせるのは本意ではないので、わたしも困ってしまう。騎士が一番怪我をしやすいので、治癒術を使う場面も多いと思ったのだけど。
「ただ、まあ……そうやって治療してくれるのは助かるよ。無理はしない範囲で手伝ってくれるかい?」
「無理してない、です。だいじょうぶ」
どっちかというとフレンのほうが無理していそうだ。というかこの町を作っている人たちはみんなくたびれている。でもなんだか楽しそうなのは、新天地を切り拓くという共通の目的を持っているからだろうか。
フレンの手がぽんと頭に乗せられる。騎士の人たちはどこか安心したように微笑んで交代していった。わたしの扱いにみんな気を遣っているのだろうか。
「フレン、ヨーデルに連絡したです?」
あんまりフレンのそばを離れたくはない。この町にはエステルたちも戻ってくるだろうし、お城にいるよりは心地よかった。でも、今ここにいられるのはヨーデルの許可があるからだ。もしフレンがザウデであったことをヨーデルに報告していたら、お城に戻るように言われるかもしれない。
けれどフレンはそんなことは全く話題に出さずに言った。
「ああ、殿下もこちらに向かっていらっしゃるよ。ユーリたちにも伝えたからもうじき皆集まるだろうね」
「ユーリさん、戻ってきたですか?」
「ついさっきね。エステリーゼ様もいらっしゃったよ」
エステルたちがいるのは宿屋だろうか。行ってみようかなと考えているとフレンは懐から何かを取り出して手渡してきた。
ラッピングされた袋だ。何だろうと思って見上げると「開けてごらん」と促される。袋を破かないように丁寧に開けると、中からは蒼い石のついた革紐のブレスレットが出てきた。
「これ……」
「前に雑貨屋に行ったときに似たようなのを見ていただろう?カウフマンさんのところで売っていたのを見て思い出したんだ」
「くれる、です?なんで?」
「レティシアにはいろいろと助けられたから、そのお礼だよ」
フレンはそう言ってブレスレットをわたしの手首に通してくれた。わたしのほうがたくさん助けられているのに、フレンからお礼というのも変な気がする。でも嬉しかったからお礼を言うことにした。
「フレン、ありがと」
石を光にかざす。高価なものかどうかとか、そういうのは分からないけれど、空と同じ色の石はきらきらと光を反射してきれいだ。
「フレンの目の色とおなじ。きれいです」
「……はは、なんだか照れるね」
また優しく髪をかきまぜられる。くすぐったい気持ちになる。ヨーデルが来たら、まだここで治癒術を使って騎士たちの手伝いをできるようにお願いしようと思った。

フレンにはまだ仕事があるみたいなので、わたしはエステルを探すことにした。あっという間にたくさんの建物が作られた町は日ごとに様相が変わっていく。迷いそうだなあと思っていると向こうから知っている人たちが歩いてくるのが見えた。
「あれ、君はエステルの……」
「レティちゃんでしょ。どうしたの?エステル嬢ちゃんにご用?」
小さい人と大きい人だ。小さいほうはカロルさん、大きい人はレイヴンさんという名前だったはずだ。話したことはほとんどないけれど、向こうもわたしの名前を知っているみたいだった
「はい、えっと……」
レイヴンさんは大きいのでちょっと怖い。カロルさんはわたしよりは大きいけれど、そんなに怖い感じはしなかった。
「ありゃ、怖がらせちゃった?ゴメンね」
「レイヴンが急に声かけるからだよ」
「いやいや、先に声をかけたのはカロル君でしょうが」
二人は年齢も全然違うのにずいぶんと仲がよさそうだ。同じギルドの人だとそういうふうになるものなのかな。ちょっとうらやましい。
「わーかったわよ、買い出しはおっさん一人で行ってくるから。カロル君はお嬢ちゃんを宿に連れて行ってあげてちょうだい」
「ええ〜、レイヴン一人で大丈夫?」
ぼんやり見ているといつの間にかそんな話になっていてわたしは慌てて割って入った。
「わたし、一人で行けます」
「まあまあ、遠慮しないで。寄り道しないで行きなさいよ〜」
「それはこっちの台詞なんだけど!……はあ」
レイヴンさんはすたすたと行ってしまい、わたしはため息をついたカロルさんと顔を見合わせた。
「じゃ、宿に行こっか」
「ええと、ごめんなさい」
「え?ううん、気にしなくっていいよ。君を一人で行かせたらリタに怒られる気がするし」
なんでリタさんが怒るんだろう?リタさんともほとんど面識がないので謎だ。
「というか、レティシアは大人が苦手なの?それともレイヴンが嫌?」
「えっ!?レイヴンさんは悪くない、です」
率直に訊かれて驚いた。しかしレイヴンさんに冤罪をかけるわけにもいかないので慌てて否定する。
「そう?まあ、レイヴンに迷惑かけられたら言ってね。レイヴンって結構馴れ馴れしいから」
「はい……」
カロルさんも結構辛辣である。レイヴンさん、悪い人じゃないっぽかったけど。わたしを気遣って一人で行ってしまったんだろうし。
宿へ向かう道すがら、カロルさんに今どんなことをしているかを訊かれたので騎士の手伝いをしていると言うと驚かれた。最初からそのつもりで着いてきているのだし、そんなびっくりすることかな。
「レティシアは小さいのにえらいんだね」
「わたし、そんなに小さくないです」
「そう?いま何歳?」
カロルさんと大して変わらないと思う。とっさに出てこなかったので指折り数える。「前」のことは数えないでおく。
「十歳です」
「そうなんだ!?もっと小さいと思ってた。ごめんね」
「構わない、ですけど」
そんなに幼く見えるものだろうか?自分の顔を触ってみても分からなかった。
この後凛々の明星のひとたちに尋ねてみると、エステル以外のひとたちがカロルさんと同意見だったので、私は肩を落としたのだった。


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