リピカの箱庭
幕間22

エドヴァルドの顔がにわかに引きつる。腹芸の出来ないタイプらしい。森へ迎えに来た年上の方の騎士とは正反対だと思った。
「ヴァンが……アクゼリュスの件にかかわっていたというのはノイから聞きました」
「ああ。間違いなくあいつが引き起こした事件だ」
エドヴァルドが信じられないといわんばかりに呟くのにガイは言葉を重ねる。元主君筋とはいえ、ホドでガイがヴァンと過ごした時間は短い。何せガイはたったの五歳だったのだ。ファブレ家にいる間も関わりはあったもののほんのわずかだ。エドヴァルドのほうがヴァンとの付き合いは長いだろう。
「ヴァンはルークの剣の指南役をやっていてな。そのつながりでヴァンから接触があった。平たく言えば復讐のためにあいつと手を組んでいた、ということだな」
エドヴァルドが目を見開いて、それからはっとガイを睨んだ。その視線に込められた意味に気づきながらもガイは淡々と続ける。
「ただ俺は、アクゼリュスの件やレプリカルークのことは何も知らされていない。ルークが入れ替わったことも知らずにずっと使用人をやっていたってわけだ」
「あなたはアクゼリュスの崩落に巻き込まれた側だとおっしゃるのですか?」
「そうだ。エドヴァルド、俺がレティシアを殺そうとしたと考えたか?殺して、伯爵家の嫡男だと名乗り出てこの家を乗っ取るとでも?」
それはひどく筋が通る話でもある。ヴァンと手を組んだと言えば疑われても仕方がない。崩落時の状況を考えればあり得ないことではあるが、あれはその場にいた人間にしか分からないだろう。
けれど、そう思われることだけは、一瞬であっても許せなかった。半ば無意識に目を眇めたガイラルディアに、エドヴァルドは咄嗟に首を垂れた。
「……っ、いいえ、お許しください」
「正直だな。……いいよ、俺が言える筋でもない」
肩から力を抜く。それから首を横に振った。
「ヴァンが俺を巻き込もうとしたのは、分かる。あいつにとって俺は協力者だったからな、すべてを知らせていなかったとしてもだ。目的のために殺したってかまわないんだろう」
逆に言えばそれほどの目的のためにヴァンは動いているということになる。かつての自分の従者の考えが読めないことがガイは空恐ろしかった。
「だが、レティシアは別だ。あいつがレティを巻き込もうとしたことが俺はどうしても信じられん」
「それは、私も同感です。そも、レティシア様はヴァンのためにここへ来ることになったというのに――」
「え?」
驚いてエドヴァルドの顔を見る。エドヴァルドもガイが知らないことに驚いていた。
「ご存知ではなかったのですか?旦那様がレティシア様をグランコクマに移された理由を」
「俺は療養のためと聞いていたが、違うのだな。言われてみれば不自然だったがあまり深く考えていなかった」
レティシアがグランコクマに行く直前に騒動があったことをガイは覚えている。それは確か、ホドにあった譜術の研究所にかかわることだったはずだ。そのことを告げるとエドヴァルドは頷いた。
「ええ。レティシア様は譜術の研究所に無断で忍び込み、そこにいたヴァンを連れ出そうとしたのです」
「……なぜヴァンがそこに?」
「第七譜術士だったから、と聞いていますが……。実験体だったのでしょう」
「ヴァンが実験体……」
ガイはぞっと背筋が寒くなるのを感じていた。ヴァンは一体、そこでどんな目に遭ったのか。いや、ホドの崩落はどうして起こったのか。アクゼリュスでの惨状を思い出す。何かが頭をよぎりそうになった。
「レティは知っているのか……?」
知っていたとして、一体何を知っているというのだろう。何を知っていても不思議ではないとガイは思っていた。レティシアはそういう「特別」だ。ガイが知ることができない部分が、確実に存在している。不気味とは思わない、けれど不思議ではある。
「わかりません。ティアの件で一度ヴァンデスデルカの名前でこちらにコンタクトがありましたが、それ以前からレティシア様はヴァンが生きていることをご存知のようでした」
「ティアの件?」
「はい。ティアをフェンデ家の当主として迎え入れてほしいという話でした。それで一時期ティアを預かっていたのです」
なるほど、とガイは頷いた。ティアとレティシアの妙な距離感はもともと顔見知りだったせいなのか。なんだか頭が混乱してきそうだったが、とにかく確かめるのはヴァンのことだと気を取り直す。
「だが、ヴァン本人は来なかったんだろう?レティは……ヴァンとは関わっていないはずだ」
「それは確かです。アクゼリュスでもヴァンに不審な動きはなかったと報告を受けています」
「……じゃあ、ヴァンはどうしてレティを巻き込んだ?」
行きつく疑問は結局そこだ。
レティシアはヴァンの企みに関わっていない。これは確かだ。
ヴァンはことを起こす前にティアをアクゼリュスから連れ出そうとしていた。それならばレティシアも同じように避難させればよかったのだ。それだけの権限があの時のヴァンにはあったのだろう。なのにむざむざ見殺しにするとはどうしても思えない。
だとすると、レティシアがあそこにいたのはヴァンにとっても想定外だったのだろうか。
ならば――どうして、レティシアはアクゼリュスに残っていたのか。
「……っ、」
目を見開く。その答えを笑い飛ばすことができなかった。
「ガイラルディア様?」
「エドヴァルド、レティから目を離すな。俺はいまさら爵位を継ぐ気はない。変なことは考えさせないでくれ」
「それはもちろんですが……」
エドヴァルドが眉をひそめたが、確証もないのに口にすることができなかった。
レティシアが残っていたのは、それこそ――あそこで死んで代わりにガイに爵位を継がせるためだなんて。


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