夢のあとさき
18

人間牧場に捕えられて数日、牧場内は常に慌ただしい雰囲気だった。たぶん急に人間が増えて混乱しているんだろう。
そして侵入者も頻繁に来ているようだった。
「生きているな」
牢の外で私を見下ろしているのはユアンの部下の男だった。ボータ、と言ったか。
「あまりユアン様の手を煩わせるな」
「好きで煩わせていない」
「……その様子だと、問題なさそうだな」
ボータはあたりを見回す。やはり彼は正規の手段で入ってきたわけではなさそうだ。私を脱出させるためだけに来たのだろうかと一瞬考えたけどそんな雰囲気じゃない。
「時が来れば手引きする。お前の荷物は隣の部屋だ。しくじるな」
それだけ言って彼は去っていった。その後を部下の、ディザイアンの格好をした者たちが追いかける。だが……彼らは本当にディザイアンなのだろうか?ユアンと言い、彼らの目的はディザイアンとは別にあるように思えてならない。
これはただの肩入れだろうかと考えてしまう。ユアンとの付き合いのせいで、そう思うようになってしまったのだろうか。感情的になってはいけない。冷静に判断しないと……そう思うのに、私の胸のうちの一番強い憎しみが囁く。
クヴァルに報復できるならなんでも利用すればいい。
そうだ。ここから出る前に必ず奴を殺さないと。

ボータが来てまた何日か経ち、牧場内に警報が鳴り渡った。誰だろう。またボータかなと考えていると去っていった見張りのディザイアンの代わりに近づいてきたディザイアンが私の牢の前に立って鍵をあけた。
「早く行け」
「……助かる」
この人がボータの言ってた手引きをしてくれる人だろう。私は頷いて手枷と足枷を壊して牢を出た。助けてくれた人がびっくりした顔をしてたけど、これくらいなら壊せる。ただ脱出できるまで大人しくしてただけだ。
ルインではかなり怪我をしたが、牢で大人しくしてたおかげでマシになった気がする。ただ傷はじくじくと痛むので、ここを出たら治癒してもらったほうがいいかもしれない。
そんなことを考えながら隣の部屋に向かう。ここは人々から取り上げた荷物を置く場所らしく、雑多なものが放置されていたがそこから自分の荷物を探し出して身に着けた。
「……でも、武器がないな」
ルインでの戦いのときに剣を取り落としてしまった記憶がある。鞘はあるが本体がない。見回すと適当な剣があったのでそれを勝手に借りていくことにする。
「行こう」
何度か素振りをして感触を確かめる。私は決意を新たにして奥へと進んでいった。

前にクヴァルと会わせられたときと同じ道を辿る。敵に見つかってもそう多くなかったのでなんとか切り抜けることができた。
進んでいくと人の話し声が聞こえて足を止める。どこか、聞き覚えのあるような……。思わず身じろぐと、一瞬で気配が近づいてくるのが分かった。
「誰だ!」
その声より早く剣を抜く。私の剣は相手の首へ、相手の剣は私の首に突き付けられる。
くらりと眩暈がした。
「レティシア……?」
低い声が呟く。切っ先を向けてくるその人に、どうしてか見覚えがある気がした。
「っ……と、う、」
「クラトス!」
どうしようもなく零れ落ちた言葉に誰かの声が被せられる。いや、やっぱり知ってる声だ。私は剣を下ろした。
「ロイド……」
「ね、姉さん!無事だったのか!」
相手の――クラトス、と呼ばれた人も剣を収めた。心はざわついている。でも、それを表だって取られないように気をつけた。
「ロイド、どうしてここに」
「姉さんこそ!捕まってたんだろ!逃げ出したのか?」
「うん……」
深呼吸をする。ロイドと、クラトス。もう一人いたのはリフィルだった。ロイドが再生の神子一行にくっついてきていたのは間違いなさそうだった。
「時間がない。歩きながら話をするぞ」
「そうね。レティ、怪我はしていなくて?」
「大丈夫だよ」
クラトスに促されて私たちは歩き出す。どうやらロイドたちもクヴァルを追い詰めに来たようだった。しいなとも合流したらしく、しいな、ジーニアス、そしてコレットとは別行動で彼女たちはこの牧場のセキュリティシステムを解除してくれているらしい。
奥のクヴァルの部屋の前まで辿り着いたがまだセキュリティは解除されていなかった。敵を倒し私たちはひとまず待機することにする。
「ここでロイドたちに会えると思ってなかったよ」
「姉さんは呑気だな!姉さんが捕まって俺、すっげー心配したんだからな!?」
「ごめんごめん」
「そうよ、便りの一つもよこさないし」
「そんな余裕なくて……」
リフィルにも怒られてしまう。リフィルは私よりもいくつか年上なだけだけど、色々教わってたことがあって怒られると素直にならざるを得ない。
そんな私たちの会話をクラトスはじっと聞いていた。というか私のことを見ている。いや、怪しいものではないんだけど。
「レティシア」
声をかけられる。そう言えば、この人は何故名前を……、
「腕を痛めているだろう」
「へ、平気だって」
そういうと腕を掴まれた。傷が痛んで思わず声を上げてしまう。
「いっ……」
「レティ!何故黙っていたの!」
「大した傷じゃ、いったたたたた!クラトス!痛い!」
ぎりぎりとひねり上げられて悲鳴を上げた。というかそれ、傷関係なく痛いやつだからね!?
「クラトス、怪我人相手にやりすぎだろ!」
「……すまん」
「もう、レティは早く怪我を見せなさい」
諦めて私は腕を捲り上げた。うわ、内出血もひどいことになってるな。切り傷があちこちに残っているのもなんだかなあと思った。
「姉さん、これいつの怪我だよ」
ロイドが真剣な目でみてくる。どの怪我かな、パルマコスタの人間牧場から逃げ出してきたときの傷もちょっと残っちゃってるし。
「色々あったんだよ。残ってるはルインのときのだけど。しいなに聞いたんでしょ?」
「姉さんは一人で無茶しすぎだよ……」
「……心配かけてごめんね、ロイド」
ロイドの髪を撫でる。抱きしめたいけど、さすがに他の人が見ている前だと怒られちゃうかな。そう思ってやめておいた。
そうしてリフィルに治療してもらってる間にセキュリティが解除されたらしい。それを見た私たち全員が立ち上がった。
「行こう」
ロイドの呟きに倣う。
母の仇がその向こうにいる。


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