ラーセオンの魔術師
55

救いの塔の祭壇にみんなが揃っているのを見て私はホッとした。コレットが戻ってきたのもそうだけど、誰かが大怪我をしたり欠けたりしている様子もない。気が抜けてへたり込んでしまいそうになったがそれは情けないのでぐっとこらえる。
「おつかれ、ハニー」
「ゼロス!怪我は大丈夫なのか?」
「まあまあな。ロイドくんたちこそ無事か?」
「ああ。ユグドラシルも倒せたし……」
しかしその表情は晴れない。まだ事が終わってないことを理解しているのだろう。
「コレット、ごめんなさい。本当に……」
そのロイドの隣に立つコレットに話しかける。なんと言えばいいのかわからなくて、情けない。私が許されなくても仕方ないことだと思う。
「だいじょぶです。レティシアさんが元に戻れてよかった」
「でも……」
言葉が出ないくせに言い募ろうとするとコレットはゆっくり首を横に振った。私は拳を握りしめる。彼女は、クルシスの輝石によってもたらされた神子たちの記憶の結晶にもよく似ている。だから怖かった。
「レティシアさんは悪くないって分かってますから。それに、ロイドが助けてくれるって……信じてたから」
けれどコレットはもう、あの神子たちの持っていた感情を克服したのだろう。綺麗に微笑むコレットに私は一瞬見惚れてしまった。彼女は強い。あの死んでいった神子たちと同じ目に遭いながらも、シルヴァラントの民たちを思いながらも、それでも自分が犠牲になることで全てを解決しようとはしなかった。それがロイドたちのおかげだとしても、今ここにいる彼女は選び取ったひとだった。
本当に許された気持ちになって泣きそうだった。けれどそんな感傷に浸っている場合ではない。
ミトスは倒したものの、まだ本来の目的は達成できていない。つまり世界の統合と、大いなる実りの発芽だ。そのためにはオリジンとの契約が必要で、その封印のあるヘイムダールに行かなくてはならない。
「ヘイムダールか……」
やっぱり避けられない場所だ。クラトスは族長と旧知だと言っていたけど、オリジンの封印関係の話なんだろうな。
「あそこ、ハーフエルフは入れないんですよね」
変わっていなければそのままだ。私のつぶやきに不安そうにジーニアスが頷いた。
「そうだよね。前に行ったときもそうだったもの。どうしよう、ロイド」
「どうもこうも、今回はきちんと説得するしかないだろ。オリジンと契約するんだとしたらみんなの力が必要だ」
きっぱりと言い切ったロイドはいっそ清々しい。しかしそんなことが可能なのだろうか、と思っているとロイドの視線が私に向けられていることに気がついた。
「そのためには……レティシアさんの協力が必要だと思う」
「え?」
「族長に聞いたんだ。レティシアさんが、マナリーフの生息地に結界を張ったんだろ」
なぜ知っているのだろう。いや、さっきのジーニアスの口ぶりからしても彼らは一度ヘイムダールへ行ったことがあるようだった。
そしてマナリーフとくれば、きっとコレットの治療にマナリーフが必要だったということだろう。
「……そう。私が結界を張ったのは事実です」
コレットがマーテルの器にするために連れ去られたことからもう治療はできているのだと思う。それでもロイドが私の協力が必要だと言ったのは、族長の態度を軟化させるために結界を解いてほしいということなんだろう。
「分かりました。ラーセオン渓谷に向かいましょう」
「でも……」
プレセアが心配そうな顔をするので私は安心させるために微笑んだ。そういえば、少しだけプレセアに話したことがあったんだっけ。
「いいんだよ、プレセア。……行けばわかるから」
そう、行けばわかる。だってあの結界はごく単純なものなのだから。

そして向かった先のラーセオン渓谷の入り口で、私は切り立つ崖を見上げて目を細めた。この世界で私が育った場所。疎まれ捨てられた私が拾われた場所だ。
「どこに結界があるの?」
奥から出てくる魔物を魔術で撃破したジーニアスがあたりを見回す。私は目を凝らしてマナの動きを見つめた。
「その、岩のあたりだね」
「ここかな?」
「あでっ!?」
一緒に歩いていたロイドが結界に阻まれたのに対して、一歩前に踏み出したジーニアスは目を瞬かせた。結界に見事にぶつかったロイドが涙目になっているのを振り向いて首を傾げる。
「ろ、ロイド?何してるのさ」
「なんかにぶつかって……って、これが結界!?」
ペタペタと一見パントマイムみたいに触りながらロイドが私を振り向いて尋ねてくる。その通りだ。
「えっ、でもボクは通れて……」
「なるほど。ハーフエルフしか通れない結界、ね」
リフィルが頷いてずんずんと歩いていく。彼女は目を白黒させるジーニアスの隣まで進んで肩を竦めた。
「仕方ないわ。私とジーニアスだけで進むしかないようね」
「リフィルは話が早くて助かるな」
「……あなたの気持ちは理解できなくはないもの。ここで結界を解け、と言っても聞かないのでしょう?」
「うん。というか、できないんだよ」
そう、結界を構築するにあたっての要がここにはない。この結界は時間をかけただけあって単純かつ強力だ。だからこそ要を壊すか取り除くかしないとよっぽどのことがない限り他の方法で壊すことはできない。
「レティシアさんは一緒に行ってくれないの?」
「ジーニアス、自分の作ったテストを自分で答えたって意味ないでしょ。さ、頑張ってね。マナリーフを摘んできてくれればいいから」
「待っとくれよ!」
声を上げたのはしいなだった。彼女は駆け出したかと思うと結界をすり抜けて私を振り向いた。
「あたしだって通れたんだからいいだろう!?」
そういえばしいなも召喚士の才能を持ってる時点でエルフの血が流れているのか。結界の設定は「エルフと他の血を持つ者」なのでしいなも通れたらしい。ちなみにこの設定なので魔術を操る魔物も通れる。
「通れた以上は構いませんよ」
「じゃあ、行くわよ」
「うん!ロイド、みんな、ちょっと待っててね」
「よし、あたしの力見せてやろうじゃないか」
三人が進んでいくのを見送る。ロイドは複雑そうな顔をして私を見た。
「レティシアさんは……どうしてハーフエルフしか通れないようにしたんだ?」
「……」
答えはもうわかっているはずだ。私はすでに失望している。ロイドにではなく、里の人たちに。
「そりゃ、族長の態度が原因だろうよ」
「分かってる。でも、レティシアさん本人に話してもらわないと意味がないだろ。お互いの意見をちゃんと聞くべきだと俺は思う」
ゼロスが私をかばうように言うのにもロイドはたじろがずまっすぐな瞳を向けるだけだった。参ったな。私はその辺の木陰に腰掛けて、ロイドたちにも座るように促した。


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