ラーセオンの魔術師
54

外には何人かのレネゲード隊員がいて、大きいレアバードが停まっていた。怪我している隊員もいるけど、そこまで重傷ではなさそうなので安心した。どうやら救いの塔へ突入する際に天使たちの妨害があり、それを食い止めたのがレネゲードらしかった。
さて、いよいよ祈るくらいしかやることがない。私は端っこに腰を下ろしてぼうっとしていたけど、ふと思い出してユアンに話しかけた。
「そういえばクラトスはウィルガイアにいるんですか?」
「おそらくな。クラトスはオリジンの封印の要だ。ミトスが逃すはずない。部屋にでも監禁されているだろう」
「……レティシア、あのオッサンと知り合いとか言わねえよな」
なんだか機嫌の悪そうなゼロスには悪いが、知り合いである。というかオッサンという外見でも……いや実年齢はオッサンどころじゃないけど。でかい息子もいるし。
「色々あって少しね。仕事を頼まれてて」
「仕事ぉ?」
「エターナルリングの件だよ。ユアンは知ってます?」
ユアンは眉間にしわを寄せながら頷いた。ということは、多分クラトスのやりたいことにも検討がついているんだろう。――ロイドに契約の指輪を託し、オリジンとの契約をさせる。そしてそのためには封印を解く――クラトスが死ぬ必要があるということはよく知っているはずだ。いくらユアンに覚悟があってもクラトスが死ぬのは本意ではないのかもしれない。
「エターナルリングってなんだよ?」
ゼロスは知らないようでむくれて訊いてくる。私の代わりにユアンが答えた。
「エターナルソードを人間でも扱えるようにするための契約の指輪だ。クラトスはその材料集めに奔走していたのだろう。――ロイドのためにな」
「はあ?……ははあ、そういうことかよ」
がしがしと頭をかいてゼロスはため息をついた。ロイドがクラトスの息子であるということは彼も知っていたらしい。まあ、気持ちは分かる。クラトスのしていたことは遠回りだと私でも思うし。
「なーるほどね。でも何でレティシアがそれに関係してくるんだ?」
「それは……」
答えようとしたところで不意にユアンが救いの塔の入り口へ歩いていったので私は言葉を切った。噂をすれば影、だ。救いの塔から出てきたのはクラトスだった。二人はなにやら話しこんでいるようだったので、邪魔をしないようにこっそり様子をうかがう。ゼロスは嫌そうな顔をしたけどなぜか私についてきた。というか、ゼロスがこんなにあからさまに嫌そうにするなんて珍しいな。なんか地雷踏んだのかな、クラトス。
「ロイドと戦うのか。自分の息子に父殺しの咎を負わせることになるのだぞ」
細切れに聞こえてきた会話から察するに、ミトスはロイドたちによって打倒され、クラトスはロイドとの決闘を望んでいるらしい。ユアンの言う通り父殺しの咎というのは、あの少年に負わせるにはふさわしくないと思う。私はぎゅっと手のひらのなかのものを握った。
「……強情な男だ。おまえがそうと決めたなら、好きにするがいい。……私も自由にさせてもらう」
ユアンが身を翻す。クラトスはその背中に声をかけた。
「ユアンよ、私がオリジンの前で命を落とした後は、ウィルガイアの天使たちを頼む」
わかっているとでも言いたげに手を挙げたユアンは私たちに見向きもせずさっさとレネゲード隊員のほうへ戻っていった。戦いが終わったならこれ以上ここにいる意味はないのだろう。
私はクラトスへ視線を戻した。どこか心ここにあらずといったふうのクラトスに声をかけるのは少し勇気が要った。
「クラトス」
「……レティシア。神子」
「ふん」
ゼロスの態度はひとまず気にしないでおこう。私は彼に手のひらの上のものを見せた。
「約束のものです」
「アイオニトス、か。……感謝する」
だがクラトスは受け取ろうとしない。理由は簡単に分かったけど、私は手を引っ込めることはしなかった。
「これで、足りますよね?」
「ああ、十分だ。質も問題ないだろう」
「では受け取ってください。いいですか?あなたが持っていてください。肌身離さず、必ず。必要になるときまで」
「……」
「これはあなたが求めたものですよね。責任は最後まで持つべきです」
鳶色の瞳が私をじっと見つめる。もはや意地だけで負けじと睨み返すとクラトスはようやくアイオニトスに手を伸ばした。睫毛を伏せてアイオニトスごと拳を握ったクラトスは息を吐いて何か言いたげに唇を震わせた。
「……、あなたも、危険な目に遭わせてしまったな」
多分本当に口にしたかったことではないだろうけど、クラトスがそう言ったので私は首を横に振った。
「忠告は受け取っていましたから。私の注意不足としか言いようがないですね」
「そうか……」
「あんたも大概人がいいな」
ゼロスが呆れたように言うけれど、クラトスの立場でもミトスに拉致された私をどうにかするなんてできなかっただろう。あとクラトスがこんなことを言うのはアイオニトスを作れる私だからだと思う。借りを作ったから、負い目を感じてるんだろう。
「神子」
私から視線を移したクラトスに声をかけられてゼロスは不機嫌そうに「んだよ」と返した。それを微笑ましそうに見るから嫌われるんじゃいかな。
「ロイドを頼む」
「……っせーな。父親なら自分で面倒見ろってんだ」
クラトスは答えずに、ただ自嘲を浮かべて目を逸らした。そして言うべきことは言ったとでも言いたげにゆっくりと歩き去っていく。そのことがますます気に入らないらしいゼロスは舌打ちでもしそうな雰囲気だった。
「ずいぶんあたりが強いね」
「そらそーよ。……親が子どもの面倒を見るのは……守ってやるのは、当たり前だろ」
それだけ言うとゼロスは救いの塔へと向かってずんずんと歩いて行った。私は思わず瞬いてしまう。ゼロスの言う親とは――彼の母親なのだろう。
最後に呪詛を吐いたのに、それでもゼロスの命だけは守った人。私はぼんやりと呟いた。
「ゼロスは、強いな……」
神子に生まれたことを恨んでも母親を恨むことはしなかったのは、強さなのだろう。自分の置かれた環境を打破しようとしたのは強かさなのだろう。
「レティシア!置いてくぞ」
「ああ、うん」
ゼロスが振り向いて呼んでくるのに答える。私は頷いて、一度振り向いた。クラトスの姿も、ユアンたちレネゲードももう見当たらない。でも救いの塔の祭壇には戦いを終えたロイドたちが戻ってきていた。


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