リピカの箱庭
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「お嬢様、せっかくグランコクマまで来たのですから新しいお洋服を仕立てませんか?流行りの新しい型や綺麗な布もございますよ」
メイドさんの一人がそんなふうに提案してくれたのは気分転換になると思ったのだろう。服に興味はなかったし、まだ小さい私ではすぐに着れなくなってしまうから高価な服を仕立てようとは思わなかった。けれどエドヴァルドがゴーサインを出したので私は馬車に揺られて仕立て屋に連れて行かれていた。
馬車は苦手だ。私が馬車に乗ったのは、ホドの屋敷から港まで連れていかれたときくらいだったから。顔を青ざめさせながらぬいぐるみを抱く私にメイドさんはおろおろしていたが、ここまで来て帰るのも都合が悪い。
「だいじょうぶです。もうすぐつくのでしょう」
「は、はい」
そうしている間に仕立て屋につき、私はエドヴァルドにエスコートされて店に入った。店員さんへの対応はエドヴァルドに任せて店をぐるりと見回してみる。色とりどりの布や、トルソーにドレスがたくさん飾られていた。後ろでメイドさんが目を輝かせているのがわかる。
ついてきたのは三人のメイドさんたちの中でも私と一番付き合いが長いロザリンドだ。仕立て屋に行くことを提案したのも彼女である。もしかして自分が興味あったとかだったりして。別にいいけど、私の視線に気づいたロザリンドはすました顔で居住まいを正していた。
「お嬢様」
エドヴァルドが困ったように呼んでくるので見上げると、彼と話していた店員さんがにこりと微笑んだ。
「ようこそいらっしゃいました、レティシア・ガラン様。本日はお出かけ用のドレスのお仕立てでございますね?わたくしがご案内させていただきます」
一気にまくしたてられて、なんとも勢いのいい人だと一瞬気圧される。貴族を相手にするならこれくらいの威勢が必要なのかな。私は頷いて、エドヴァルドにはその場で待つように伝えた。ロザリンドには奥の採寸部屋までついてきてもらう。
「ロザリンド」
「はい、お嬢様」
「色やかたちはあなたにまかせます。デザイナーさんとそうだんしてください」
「え、ええ?よろしいのですか?」
「あまりはでなものでなければ。よさんはエドヴァルドにきいてください」
「かしこまりました。ロザリンドめにお任せください!」
生き生きしながら店員さんと話すロザリンドを横目に私は採寸されて、それだけでそれなりにくたびれてしまった。そもそも出かけるのが久しぶりなのだ。きれいな服を見るのは楽しいけれど、今は体力が追いついていない。
私がぼうっとしている間にロザリンドはてきぱきと進めてくれて、私の体調も気遣ってくれたのかドレスはあっという間に決まった。
「決まりましたか?早かったですね」
「はい」
「お食事は外でなさいますか?」
「そうですね。すこしたべていきます」
店の入り口で待っていたエドヴァルドと話しながら馬車に戻る。馬車もいくらかかっているんだろうとぼんやりと思った。
ガルディオス家はホドを治めてお金を得ている。ホドがなくなってしまうとしたら、家の存続自体もしかして難しいんだろうか。ゲームの物語ではガイ・セシルが家を復興させようとしていたが、それも時の皇帝ピオニー陛下の協力あってこそだったと思う。今の皇帝ではどんな扱いをされるかわからない。――ホドを滅ぼす決定を下す人では。
帰ったら貴族制度についてもう少し詳しく勉強しなくてはならない。そんなことを思いながら馬車に揺られていた。

仕立てたドレスができたのは一週間ほど後で、私が着られたのはさらにその数日後だった。貴族制度について調べるのに図書館に行こうと思っていたのだが、あまり体調が優れなくてしばらく臥せってしまっていた。
「お嬢様、とてもよくお似合いです」
ドレスを選んだロザリンドが誇らしげに言ってくるのが少しくすぐったい。深い、けれど鮮やかな青の生地のドレスは大きな襟がついていてかわいらしかった。マルクトではこの大きな襟をよく見る気がする。
「それとですね、お嬢様。ガイ様にもお洋服を仕立てさせていただきました」
「ガイに?」
「はい。着せてもよろしいですか?」
思いもよらないことを言われたが、私はとりあえず頷いて持っていたぬいぐるみをロザリンドに渡した。小さな上着と帽子だったけど、金色の毛並みのぬいぐるみにはよく似合っている。
ロザリンドはこのぬいぐるみを私がガイラルディアの代わりしていることを知って、服を仕立ててくれたのか。少し泣きそうになった。
「ありがとう、ロザリンド」
「はい。お嬢様とおそろいで、とてもかわいらしいです」
「そうですね」
ぬいぐるみを渡されて抱きしめる。はやく帰りたいなと思った。今のままでは到底帰ることなんてできないのもわかっている。
それに、エドヴァルドもロザリンドも、私がホドに帰るのなら一緒に帰るのだろう。そうして、戦争に巻き込まれるのだろう。私一人のわがままで彼らを巻き込んでいいとは思えなかった。
どうすればいいのか、目の前は暗闇だ。それでもどうにか立ち上がって、前に進まなくてはならない。


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