03

 
 




* * *





「いやぁ、すみませんねぇ」


へらっと笑いながらやって来た人物を和葉は座ったまま足蹴にする。


「その怪我で言う事はそれだけか?」


「勘弁してください。これでも息子にこっぴどく説教された後なんですから」


ははは、と笑うと不意に真剣な目をして彼は口を開いた。


「和葉様」


「断る」


「・・・まだ何も言ってませんよ?」


「聞かなくとも分かる。帰れ。今はそれどころじゃない」


「そんな事言わずにー」


ふー、と煙を吐くと和葉は煙管を置いた。


「お前の息子に言え」


「無理です」


すっぱりと言い切る男に和葉は溜息を吐いた。


「歳、歳うるさいんですよねー。和葉様からも何とか言ってくださいよ」


「・・・・・・隠居したらどうだ」


「隠居!?私まだ三十路!!三・十・路!!」


「・・・・・・」


こいつと話をしていると疲れる。


つい余計な事まで話してしまいそうになる。


「数日経ってもまだ治らないのか」


少し切な気な和葉の目を見て、彼はへらりと笑った。


「人ですから」


笑っているのに少し寂しそうに和葉には見えた。


「早く治せ」


気分をまぎらわす様にぶっきらぼうに言って、和葉は頬杖をつく。


そうして、ふと顔を上げた。


「そういえば、先日会った男。紺の布で顔を覆った忍びだったな」


「―――紺の布」


「知り合いか?」


「・・・・・・いえ。きっと人違いです」


「・・・そうか」


しばしの沈黙の後、彼は立ち上がると和葉に一礼した。


「失礼します。また後ほど・・・」


「ああ」


どこか暗い面持ちで室内を後にする呉服屋店主の背を和葉は黙って見送った。








ふらふらとした足取りで玄関を出る。


そこで一旦足を止めて彼は拳を握り締めた。


「柳、だと・・・?」


ぎりっと歯を噛み締め、誰もいない門の方を睨む。


「生きていたのか・・・」


そう呟くと、彼は再び門へと向かって歩き出した。


「あ!!おやっさん・・・!!」


聞きなれた声に思わず振り返る。


振り返り様、表情をいつもの笑顔に直すのを忘れずに。


「ああ、白蛇。お前、店番は?」


「大丈夫ですよ。ちゃんと任せてきましたから」


「お前ね、また私を心配して・・・」


「それもあるんですけど今日は違いますよ。和葉様に呼ばれたんです」


「和葉様に?」


「ええ。おそらくもうすぐ蒼詠も帰ってくると思いますよ」


「ああ。蒼詠様は今いらっしゃらなかったんだ」


ほっと息を吐く店主を見て白蛇は飽きれたと言わんばかりに肩を下げて口をへの字にする。


「おやっさん・・・」


「ああ、ごめんごめん。それじゃあ、しばらくは私が店番してるから安心して」


「本当に頼みますよ?勝手に都とかその辺に売り歩かないでくださいね?」


「はいはい。ほら・・・和葉様を待たせるんじゃないよ。じゃあね」


「おやっさんこそ!!」


大きく手を振ると、白蛇の背で一つにまとめられた長い髪が風に揺れる。


ちゃんと店の方へ向かって歩いていった店主を見送って白蛇も店の中へと入って行った。









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