「****、***********?」


「やあ、久しぶり、海音寺君」

狐の笑みを張り付けたような彼は、幸田縁。女みたいな名前だが、正真正銘この通り男なのである。すらりと伸びたその背丈は、背広によく似合っていた。普段からこの人は背広を着ていて、背広が普段着なのではないかという程、その姿は眼に焼き付いていた。

「いやあ、相変わらず君は笑わないね。灰音はどうして君のことを好きになったのかなあ」

遠回しに、こんな奴のどこがいいんだろうと言われているのは痛いほど分かっていた。縁さんはいつもこうなのだ。

「さあ、何のことだか。とにかく縁さん、コント・ド・フェのお話をするなら頭領がいる時にお願いしますよ。というか、びっくりさせたくてこっちに来たならもう任務達成でしょう。帰ってください」
「やれやれ、つれないねえ。じゃあ、灰音を呼んで来たらいいじゃないか。僕はここで待っているよ。心配しなくても、君の私物を漁るようなことはしないからさ」

含みを持っている笑みは、彼の十八番だった。俺の心を不安にさせるような、俺の嫌いなタイプの笑みだった。逆に言えば、縁さん以外にこのような笑みを浮かべる身内がいなかったことに、むしろ感謝すべきなのかもしれない。

「……わかりました、と言いたいところですが―――貴方は信用できません。ついてきてください。なんなら、頭領の部屋で話をすればいいでしょう」
「ははは、本当に嫌われているみたいだ。いいよ、そこまで言うならついていく」
「……別に俺は、貴方のことが嫌いって訳じゃないんですけどね」

ぽつり、と呟いてみたが、それを肯定する自信はなかった。ただ、本当に、本当に縁さんが嫌いな訳ではなかったの。それなのにここまで体が拒絶反応を起こす―――あの飄々とした神を見ているようで身の毛がよだつのだ。だから縁さんが嫌いなわけではない、むしろ、仲良くなれたならきっと楽しい人なのだろう。頭領の兄でコント・ド・フェの管理人の彼は、俺の嫌いな神に似ていた。それだけの話だった。


prev|backnext


(以下広告)
- ナノ -