仮眠から目を覚まし懐中時計を見ると、十三時前であった。一時間程しか眠っていなかったらしい。自分ではぐっすり眠っている気でいたので意外ではあったが。
どうやら、泣いていたようだ。まだこんな感情が残っているなんて、自分の決意も緩いものだと、自嘲気味に笑う。俺はこの泣いた跡と泣きはらした目を、どうやって誤魔化そうかと策を練ってはみたが、結果時間を置くというシンプルな解決法に頼ることにした。
さて、それまで俺は時間を潰したいところだが、仮にどこかに出かけてしまうと誰かに変な心配をかけるかもしれない。ここは穏便に、部屋の中で時間が経つのを待とう。俺はそう考えた。

まず初めに、気分を一新させるために洗面所へと向かう。いっそシャワーを浴びてしまえば気が紛れるのではないかとも考えたが、この時期にシャワーを浴びてしまえば、逆に風邪を引いてしまいそうだったので断念した。
顔を洗い、髪の毛から落ちる水滴を眺める。ぽたり、ぽたりと滴る水を眺めているだけで、何かが忘れられそうな気がした。
そして仮眠をするために外していたカラーコンタクトを、再び装着する。くすんだ灰色は、どこか彼女の髪の色を彷彿とさせた。最初はそのつもりで選んだわけではなく、無難に目立ちにくい色として適当に選んだものだったのだが、彼女が灰色に特別な思い入れがあるのを見ていると(きっとこの場合は良い思い入れではないが)、この目の色もきっと違う様に見えるだろう。最近ではそう思うようになった。
この赤い瞳は、彼女に見せたことが一度だけあった。それは意図的ではなかったものの、特に彼女に隠す気もなかったので慌てることもなかった。彼女は少し驚いた顔をしていたが、以前に彼女は俺の妹と顔を合わせているため、すんなりと受け入れてはいたようだ。
別にこの瞳が憎いわけではない。ただ、仕事上目立つ色は煩わしいとは思う。妹に関しては自分の髪と瞳の色を「雫兄と一緒!」などと言って喜んでいるようなので、嫌われていないだけ良いのだろうが。

「さて、この腫れが治まるまで何をしようか」

独り言を呟いた後、俺は何故か無意識に本棚のところへ足を運んでいた。そこには題名に惹かれて買ったものや、他人から勧められた本がずらりと並べられている。今巷で話題の屋烏夜鷹も、同じ組織の人間に勧められて試しに何冊か買ってみたが、リピーターになるほどのめり込むことが出来なかった。もしかしたらその話が外れだっただけなのかもしれないが、俺の運と縁が無かったと思って、それ以来は彼の作品を読んでいない。
本棚の中で一際目立つ本があった。小説の中に一冊だけ、絵本が混じっている。題名は、『シンデレラ』。


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