「ところでですね、せっかく貴女から声をかけてきてもらったことですし、園内を回りませんか? 貴女もその為に来たんでしょう?」
「え、あ、はい。お節介な与謝野さんが鼻声で、『明日はオレの友人が来る日なんだ。せっかく遊びに来てくれるんだから、せめてお前だけでも案内してやってくれ』と私に言っていたので。前から話は少し聞いていたんですけど、与謝野さんの大学時代の同級生だそうですね……?」
「ええ。そうですよ。よく彼は俺のことを『自慢の友人だ』って言ってくれますけど、貴女にも俺のことを話していたんですね」
「はい、耳にたこが出来るくらい聞きました……。『顔の整った、モデルのような美青年で、勉強も出来るし、スポーツも出来る。そんでもって気は利くし、そうかと思えば友人全員の分の飲み代を一気に払うような豪快な奴だし、冗談言い合えるユーモアもあるし、非の打ちどころがねェ』って、自分の子供のように愛でてましたよ」
「そこまで言われると恥ずかしいんですけど……」

それを覚えている森さんも森さんだが、逆に言えば森さんが覚えている程、結は同じ事を彼女に対して言っているということだ。お酒でも飲んだ勢いで毎回言っているのかもしれないが、それにしたってそんなに褒められては困惑してしまう。
結は煽て上手ではあるが、彼の場合だと本心かもしれない。そう考えたらやはり彼はキャスト向きなのかもしれない。普通本心だったとしても、あそこまで饒舌に友人の良いところを話せまい。

「ところでえっと、今更お聞きするようで申し訳ないのですが、あなたのお名前を確認させてもらってもよろしいですか……?」
「嗚呼、そう言えば自己紹介がまだでしたね。俺は海音寺雫と言います。以後お見知りおきを。こちらは幸田灰音です」
「幸田……? ってもしかして、あの幸田さんのご家族ですか?」

当たり前かもしれないが、森さんも以前の結と同じ反応を示した。実際、幸田という名字は一般的にうじゃうじゃといる名字でも無い(海音寺に言われたくないだろうが)。そして灰音さんは実兄と同じく、珍しい灰色の髪の持ち主だ。コント・ド・フェの関係者ならば一発でその推論にたどり着くだろう。

「あー……、ええ、そうよ。妹の幸田灰音よ。その、兄がいつもお世話になっています」
「ああ、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。私はその、誰にでも敬語で喋っちゃう癖があるだけなので。幸田さん……ああ、この場合幸田さんって言うとどっちか分かんなくなっちゃうのかな……」

森さんがまた独り言モードに入ってしまったので、俺はすかさず「大丈夫ですよ。何なら灰音さんのことは下の名前で呼んであげてください。縁さんの方は一応上司にあたりますから、あまりフランクに接することが出来ないのかもしれませんけど、彼女なら問題ありませんから」と助け船を出した。灰音さんもそれには異論はないらしく、森さんもどうやらそれで納得してくれたようだ。

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