正直に言うと、俺は昔からずっと近くにいる彼女のことが好きだった。正確には小学校一年の時にこいつ――杏璃が自宅の隣に引っ越してきた時からずっと。一目ぼれと言っても違いなかった。だがその思いを幼い時に勢いでも伝えておけばよかったものの、結局のところ意気地なしと言うかチキンなのは今の俺と変わらなくて彼女にはこの思いを一切話すことなくこの場を過ごしている。
それどころか、在りもしない悪口ばかりが外に出て、正直で純粋な気持ちは恥ずかしがって本心とは裏腹の硬い壁の中で震えている。なんて滑稽なことだろう。それこそこんなこと彼女でも知られてしまえば、きっと鼻で笑われてしまう。そう思うとまた何も言えなくなって――と、この悪循環の繰り返しが何年間続いたことだろう。
いっそこれを機に言うべきか? いや、そんな勇気があるなら俺はとっくに彼女に告白しているだろう。

「何変な顔してるのよ、千尋。せっかくここまで来たのよ、ウェディングドレスを着ない手はないわ!」
「お前本当元気なやつだな……」
「それにあたしは別に構わないわ」
「は? 何の話だ?」

彼女は俺の問いに答えることなく、すたすたと試着室の方へと向かっていった。というか実際これ結婚式あげない俺達二人が堂々と場所を借りて着せ替えの為にいてもいいものか……、今更ながら悩みどころではあったが、そこは杏璃がどうにかしたのだろう。

「あ、千尋はそっちね。担当の人にちゃんとタキシード着せてもらってね。あたし、何気にあんたのタキシード姿見てみたいから」
「は、はあ……」

言われるがまま、担当の男性にぎこちない動きをしながら何とかタキシードを着せてもらい、いくつか雑談を交わしたところ(俺より年上の男性だったが、ざっと三十代前半と言ったところだろうか。左手を見たが指輪はしていなかった)、彼には一緒に来ている杏璃のことについていくつか聞かれた。俺はここで彼女のことを実は恋人じゃなくてただの幼馴染なんですよ、とも言いにくく気を遣った結果、俺の妄想の中で杏璃はわがままな彼女になった。
まああながち間違っていないと思う。恋人じゃないという点を除いては(そこが一番重要なはずなんだが)。


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