「キリスト教と言えばもうすぐクリスマスですね、うちの会社は何かしないんですか?」
「分かっているだろう、そんな余裕はない。お前らが民衆に商品という名のクリスマスプレゼントを売りまわるだけの話だ」
「つまんないですよ、それ」
「商売なんだから我慢しろ」

明日葉は子供のように頬を膨らませたが、もちろん男はそれに靡くどころか反応もしなかった。自分でもこの我侭が通るわけが無いことは重々承知なのだが、それでも少しぐらい構ってくれてもいいじゃないかと明日葉は思う。
彼女がそんなことを思っていることも知らず、男は向こうをずっと見ている。
そして何かを見つけると重そうな腰をゆっくりと上げ、

「じゃあこの話はまた時間が余れば」

と明日葉に一言軽い挨拶だけしてそのまま立ち去った。
明日葉が別の言葉をかける暇も無く男が去ってしまったので、よりいっそう明日葉は不機嫌になった。また寂しく一人で待たねばならなくなってしまった。

「社長との話、そこそこ面白かったんだけどなー」

確かに自分が話を打ち切りにしたのだが、明日葉は心のどこかで男が何か食べ物を奢ってくれるのではないかと期待していたから、まさか足早に去るとは思っていなかったのだ。
明日葉は男が去った後のベンチに虚しく一人で座り、先程の話の続きでも考えることにした。

明日葉は神様を信じていないわけではない。
現に高校受験のときは天満宮にだって行ったし、何回か神頼みもした覚えはある。そう言えば縁結びの神社も行った気がする。ただ男ほど心酔しているという感覚までは流石になかった。

最近の日本人は神様に対して信仰がなっていない。
確か前に男が社員の前でそんなことを言っていたような気がする。あれは自らが立ち上げた会社の名前【高天ヶ原】にちなんで言ったのだろうか、それとも別の意味か―――はたまたただの考えすぎなのか。
前からどこか掴みどころの無い難しい性格の人だと思っていたので今更気にも留めなかったのだが、よくよく考えると何か伏線を張っているようにも思える。仮に【高天ヶ原】の人々をRPGのキャラに譬えるとしたら、社長があくどいラスボスのポジションに堂々と君臨することになるだろう。
「あ、駄目だ。そうすると吹田がおいしいポジションのキャラになっちゃう」

吹田というのは彼女の同僚であり(と言っても実年齢は彼のほうが上)、【高天ヶ原】での売り上げがトップであるエリート社員のことである。明日葉は実質いつも二番目であり、そのことをよく吹田からは嫌味を交えてよく絡まれる。よって明日葉は彼のことをあまりよく思っていないのだ。

「あいつは精々私の下っ端の雑魚モンスターにでもなればいいのに」

そこまで言ってから明日葉はふと思い返す。何もわざわざ自分が敵サイドになる必要はない、ならば自分が勇者になって吹田を倒せば問題ないのでは無いか。

「勇者明日葉桐子、響きとしては悪くないね―――でも」

勇者は自分より彼のほうが適任だ。
明日葉は未だに来ない待ち人のことを思いながら、くす、と静かに笑った。
それなら自分は救われるお姫様にでもなればいい。彼に救われることが嬉しくて仕方が無い。

――――子供のとき、彼は孤独のあたしを救ってくれた。
――――親が居ないまま独り公園のブランコを寂しく漕いでいた自分に、世話焼きの彼は優しく暖かい手を差し伸べてくれた。
――――だから勇者はあいつだけでいい。あいつがいい。

そう考えるとどうもにやけが止まらなくなった。
つくづく自分はたまらなく彼が好きなのだと、改めて思いざるを得なかった。
でもその好きだという感情は、幼馴染というジャンルから動くことは無く家族だという認識でしかされてないことも何となく気付いていた。
別に恋愛したいわけでもないが、ここまで施してくれた彼に恋愛感情くらい持ってもおかしくないとは思うのだが、家族ということはもはやそれを通り越してしまっているのだろうか。

「まあどっちでもいいや、お腹空いたしコンビニで何か買ってこよ」

明日葉は勢いよくベンチから腰を上げると、ご機嫌に鼻歌を歌いながら街灯りが見える方へと歩みを進めていった。


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