「お前のために食べ物の話をしてどうなると言うんだ、そうではなくて今回俺が話すのは”神様”の話だ」
「カミサマ? また何でそんな非現実的な話をするんです? 社長って見た目からして現実主義者っぽいのに」

深く大きいため息を吐きながら、男は怪訝そうに明日葉に問う。

「お前が勤めている会社の名前くらいわかるだろ」
「? 【高天ヶ原】、ですか?」
「そうだ、あれは元々神々がいる場所の名称のことだ、天照大神が君臨したとされる由縁の地」

そう言いながら男は空を指す。おそらく彼は高天ヶ原というのは天界―――つまり空の上にあるという意味で見上げたのだろう。男が吸っていた煙草の煙も同じように上に登っていく。明日葉は少しだけむせた後、何となく聞き返す。

「天照大神・・・・・・あたしもその辺は詳しくないですけどたぶん雲島に祀られているやつですよね?」
「雲島大社のことか、お前はあそこに行ったことがあるのか?」
「いえ、常識の範囲内で知ってるだけなんですけれど―――そもそも雲島ってここから大分距離あるじゃないですか、距離だけで見ると飛行機で行くレベルですよ。高卒で一人暮らしのあたしには無茶で無意味な出費に過ぎませんし行きません」
「そうだったな、いや何、家族がご存命の時に行ったかと思ったんだよ」
「仮に行ってたとしてももうだいぶ前の話のことになるでしょうし覚えてないと思いますよ」
「ふむ、残念だ。雲島は無神論者でも行く価値があると個人的には確信しているんだが」
「そもそも社長は何でそんな神様にこだわるんですか? 確かに心の支えには充分なりえる存在だとは思いますし存在自体を否定するわけじゃないんですけれどよく考えても見てください、カミサマって食べられないじゃないですか」
「お前のカテゴリは食べられるか食べられないかで分かれているのか、ご立派なことだな。まあ簡単に言うと興味があるんだ、神様と人間に」
「神様と・・・・・・人間に?」

明日葉はわけも分からず聞き返す。自分も(もちろん明日葉自身も)人間なのに、興味があるとは一体どういうことの比喩なのだろう。

「神様が気まぐれで創った存在である人間が、世界をここまで支配してしまった。それは神にとって想像の範囲内なのか範囲外なのか、はたまた人間が神を一切信じなかったら世界はどう変わっていたのか―――と考えるだけでももしものパターンが何通りもあるわけだ。運命だってそうだろう? 運命を信じなければ結果は変わっていたのかもしれないし、実際俺とお前は出会うことが無かった、なんてことも終わった後になってはいくらでも推測という名の妄想を繰り広げられることも容易い」
「・・・・・・小難しいですね」
「そうでもない。まあつまりはパラレルなのだから考えるだけ無駄、ということだ。お前のカテゴリでも妄想は食べられないものになるのだから無価値なのだろう?」
「別に妄想は嫌いじゃないですよ、楽しい事を考えるのは好きですし」
「まあその年頃だとそう言うのも当然だろう、いわゆる”そういうお年頃”というやつだな」
「その言い草、何だか社長が村の長老みたいに聞こえますね」
「お前の例えは毎回いまいちピンと来ないな、つまり実年齢より老けて聞こえる、もっと簡素に言えば爺臭いといいたいのだろう」

俺はまだ現役なんだが、と苦々しく笑いながら呟く男を尻目に明日葉は話を続ける。

「伝わってるなら別にいいじゃないですか。それで、何の話をしてましたっけ? 確か神様の話でしたよね?」
「ん、やっと興味を示したか」
「それは言い過ぎかもしれませんけどね。社長がここまで魅了される神様ってやつは、さぞかし素晴らしい存在なんでしょうねって思っただけですよ」
「そりゃそうだ、元を辿れば人間は神様が作ったようなものだ、興味を持っても何ら違和感は無いだろう」
「べた褒めですね」
「まあ神様だからな。仏教だのキリスト教だのイスラム教だのヒンドゥー教だの、対象は違えど皆神様を信仰しているじゃないか、日本人なんか嬉しそうに様々な宗教の行事の美味しいところだけを楽しんでいることだし」
「・・・・・・」
「急に黙ったな」
「・・・・・・美味しいって聞いてお腹空きましたし、この話やめにしましょう」
「唐突過ぎるだろそれ」

事実明日葉の空腹は限界に達していた。燃費がよい上にそのものの容量が常人よりも少し大きめな明日葉の胃袋は、確実に彼女自身の財布に打撃を与えている。大学に通わずこつこつと就職しているとは言え、エンゲル係数が比較的高いのはやはり痛手である。
それでも明日葉は懲りず省みず、食べる量を減らそうとはしなかった。それがこの生活がかつかつである理由の一つとなっているのは言うまでも無い。


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