そんな些細なことは置いといて、とりあえずは変装を先程よりも固めなければならないと思い、徐に洗面台に行き、ワックスで髪形を変え、伊達眼鏡をかける。
そして特徴的な真っ赤な瞳を隠すためにわざわざカラコンまでする。そして匂いで感づかれる可能性も考えて普段はつけない甘い匂いの香水をつけた。
自慢じゃないが、ここまでしないと聴衆に気付かれる気がしてならないのだ。過去にサングラスをしていつもよりカジュアルな服装を身に纏っただけの怠った変装で街に出たとき、一人の女性に気付かれて大声をあげられ、人々を撒くのに相当苦労した覚えがある。
冗談抜きであれは死ぬかと思った。黄色い声援も飛んでいたし、それほど人気なのかと思えば嬉しいことだが辛い。何が辛いかっていうと、何もかも辛い。
ちなみに先程の変装は外も暗かったのでサングラスだけで何とか済んだ。それにこの時は傘も差していたから多少わかりづらくもなっていただろう。おかげで誰にも声をかけられずに自宅に着くことが出来た。
そして思い出したように先程のメールに今から出ると言った了承の返事をし、鞄を持って大きく息を吐き、玄関で靴を履いてそのまま家を出た。

最初は街灯が少なく人気のないところを通るといっても、やはり駅前まで来るとだんだん人口密度が高くなっていくのを感じる。周りの音や光も家の周辺とは比べ物にならないほどにぎやかだ。
今は十月だから、薄着では少し肌寒いと行ったところだろうか。俺の横を通り過ぎていく人々
半数はコートを着ている。こんな時間にどこに行くのやら。

――――……というかあいつ、西坂まで来るのか?
――――確かあいつが住んでるのって東宮じゃなかったか?
――――言わば東京から大阪に行くみたいなものだぞ? そんな簡単に行けるのか?
――――それとももうこのメールを打つ頃には新幹線に乗っていて……とか、

考えてはみるが、まああの従兄弟のことだからどうにかして来るのだろう。
あいつはただの人間でもないし、と言っても化け物でもない。人間臭くて人間離れした人間だ。
だから下手したら自分の足だけで東宮から西坂まで来るかもしれない。
……まあ、それはさすがにないか。

本格的に従兄弟の話をすると少し長くなるので、簡単に説明しておこう。
従兄弟の名前は藤堂紫織。俺より二つ年下で、限りない嘘つき野郎だ。とは言えそれは悪意に満ちた嘘ではなく、エイプリルフールに吐くような可愛らしい(というか半分おふざけの)嘘ばかりだ。
見た目はニヒルな男っぽいが、案外よく笑い、おちゃめなところが多い。そういうところは昔から変わっていない。
そして何より特徴的なのは―――俺とはまた違ったレアな瞳の色をしていることぐらいだろうか。


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