寝落ちを引き摺る

 桜屋敷書庵に着いたものの、一人では運びきれない。虎次郎と体格差が違いすぎる。「ごめん、薫。ちょっと起きて」悪いと思いつつ、こっちの方が早い。うわ、肌がすべすべすぎる。いったい、どんな化粧品を使っているんだろう。「ん、うぅ」少し寝惚けて、薫が起きた。「お客さん、料金は」「あ、はい」タクシーの運転手が料金を読み上げたので、代わりに払っておいた。「ほら、薫。降りるよ」「まだ眠い」「あとでいくらでも寝れるから」カーラのボードがないだけ、まだ幸いだ。カーラは薫の手首にある。絶対に外れない。薫が外せるような細工をするわけないからだ。
 ズルズルと薫の腕を引っ張って、寝惚ける身体を歩かせる。私が薫の腕を肩へ回すように握っているのだから、当然こっちへ偏る。それでも薫の頭部が当たらないのは、一重に身長差のせいである。「あ、鍵」当然、桜屋敷書庵の鍵は掛かっている。「カーラ」『自動認証を始めます』薫の一言でカーラが起動し、ガチャっと鍵の外れる音がする。本当、ハイテクって便利。ドアノブを捻ると、簡単に扉が開いた。そのまま薫を家の中へ入れる。(それにしても)いつ見ても立派だ。(書道教室の生徒への挨拶って)新年早々の教室がある日に、挨拶があるのだろうか。『郵便物がいくつか入っています』とカーラがいうので、郵便受けの中身をチェックする。わ、年賀はがきだらけ。仕分けは面倒臭いから、全部本人に任せた方がいいだろう。子どもが書いたような字だけ、どこの経由で送られたかわかる。そして薫は、他人に郵便物をチェックされても、まだ寝ていた。玄関に上がって早々、横になってたのである。本人にとっては仮眠だろうが、私にとっては見えない。熟睡しているようにしか感じられない。「そういえば荷物って」『既に宅配で送りました』「わぁ、便利」だから空港着いたときに、薫とカーラだけだったんだ。薫の両脇に手を入れて、ズルズルと引き摺る。寝てる本人の眉間に皺が寄ったが、知ったこっちゃない。身長と体重差を考えてほしい。
「えっと、布団とかって」
『右から──』
 カーラの指示通りに布団を敷いた。流石最先端AI薫専用のアシスト。所有者が寝てても、他人へ見事な指示を送る。畳に寝かせた薫をまた引っ張って、敷布団へ寝かせる。「う、ぐぅ」とか動かしている間に呻いていたが、許してほしい。体格差で、薫をお姫様抱っこなんてできない。
 無事枕へ頭を寝かせ終えると、掛け布団をかけた。ようやく布団の上で寝れたのか、薫が安心したかのように寝返りを打つ。(あ、カーラ)かといって、勝手に外すのは失礼に当たる。
(とりあえず、さっき出した年賀はがきをどこか)
 別の場所に、いや目に付いた場所、つまりここの方がいいか。と考えたところで、グイッと服を引っ張られる。ちょうど、和室を出ようとしたときにだ。立ち上がる寸前に引っ張られた裾を見ると、手。ちょうど布団の中から伸びていて、当の本人はまだ寝ていた。(え、っと)とりあえず座ってみる。ちょうど寝返りを打った薫の正面にいたからかもしれない。畳の上で正座をすると、薫の手が離れる。そろそろと布団の中へ戻るのを見て腰を上げたら、今度は手首を掴まれた。
 ガシッと握っていて、離してくれそうにない。
「え、っと。薫?」
 尋ねるが、一向に応えてくれない。ギュッと眉間の皺だけが増えて、口がへの字になる。すやすやと眠る呼吸音は相変わらずだ。(えーっと、うん)ちゃんと喋ってもらわないと、わからないんだけど。ポリポリと頬を掻く。この状況だと、薫の腕は寒くて私は足が痺れる。そうっと横になって、自分の腕を枕にした。横になると、薫の手が私の腕ごと布団の中に入っていく。
(もしかして)
 一人で寝るのが寂しいのか、離れるなということなのか。そういえば、逆のパターンでこういうことがあった気もする。ふわっと欠伸をする。薫に釣られてうとうとと眠っていたら、どうやら時間が過ぎていたようだ。「勝手に入るぜ」と聞こえた声に、パチッと目が覚めた。今のは虎次郎の声だ。薫の布団の中へ入った手を見ると、拘束が解かれている。(これ、は)今なら抜け出せるだろう。けれどなんだか、申し訳ない気もする。
 そろそろと体勢を直してたら、ギュッと薫が指を掴んできた。これではどうしようもない。
 少し身体を起こした状態で止まっていると、後ろの障子が開けられる音が聞こえた。木と木が擦れる音がして、背後に人の気配がする。
「って、なにやってるんだ?」
「薫に手を握られちゃって、その」
 嘘は吐いてない。状況を説明したら、ギュッと薫の眉間に皺が寄る。ゴニョゴニョとなにかを喋り出した。でも、寝惚けて口が上手く回らないものだから、声を出していない。状況から考えるに、恐らく『煩い』か『黙れ』で続く言葉は『馬鹿ゴリラ』だろう。ポリポリと頬を掻く。「眠いっぽい」「それは見ればわかる」はぁ、と虎次郎が溜息を吐いた。
「とりあえず、軽いものを作ってくる。食べるだろ?」
「うん。あっ、いいの?」
「最初からそのつもりだからな」
 そう肩越しにウィンクをされると、いつもの女タラシが発動されているなぁ、との感動が生まれる。後ろからは「チッ!」と忌々しく舌打ちする声が聞こえたけど。「起きてる?」聞きながら薫の方を見ると、寝ている。狸寝入りかと思って顔に手を伸ばすが、頬が動くなどの反応が起きない。鼻から健やかな寝息が漏れており、ゆっくりと腹や肺が前後に膨らんだり萎んだりを繰り返している。
「薫、一度寝たら中々起きないぜ」
「うん。そのようだね」
 なんか詳しいね、と返そうとしたが『幼馴染だから』の一言で解決した。
 薫が寝ている様子を眺める。虎次郎はすっかり台所へ行って、桜屋敷書庵で料理を始めていた。美味しそうな匂いが香る。(なにを作るんだろう)同時に、書庵に漂うイタリア料理の香りを見て、薫はなにか不満をいわないだろうか、とちょっとだけ不安に思った。


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