正月元旦迎えに行く話

 元旦となり、薫が帰ってくる日だ。生憎寝てたので、薫が朝早くから一筆を認めた中継は見ていない。SNSで大きく取り上げられているところを見るに、一部では多くの人に見られたことだろう。時計を見る。もう飛行機が出立して飛んでいるところだった。(ヤバイ)急いで仕度を整えて、虎次郎に連絡をする。「ごめん、遅れそう」「迎えに行こうか?」悪いと思いつつ、その提案に乗る。幸い、私の自宅が通り道にある。虎次郎の提案に甘えて、仕度を整え終えた。電話が鳴る。「着いたぜ。今マンションの下にいる」慌ててマンションの入り口を見ると、虎次郎がいる。私に気付いて、笑顔で手を振ってきた。「ごめん、今出る!!」慌てて電話越しに謝って、家を出た。もちろん鍵を掛けるのも忘れない。急いで階段を下りて、マンションの外に出る。「そんなに急がなくてもいいのに」と虎次郎は優しいことをいってくれるが、そうはいってられない。ヘルメットを受け取り、虎次郎の後ろに乗った。
「あっ、そうだ。虎次郎。ちょっと、途中で寄ってくれる? ほら、あの。沖ノ宮っていう」
「あぁ。見るだけでいいんだろ?」
「うん、お願い。ちょっと停まるだけでいいから」
 ついでに初詣を済ませるのなら、様子見をした方がいい。「多分、混んでると思うんだけどなぁ」「そんなに?」「あぁ。行ったことないのか?」「正直。三が日、が過ぎた辺りかなぁ」「そうか」と会話をしながら、バイクのエンジンが掛かった。正直二人乗りに適したバイクでないから、少し座りにくい。信号が点滅して、曲がって直進して曲がって。時間帯もあって、車は比較的多い。「これはダメだな」と虎次郎がいうので見上げてみると、本当にその通りだった。サーっと顔が青褪める。正直、ここまでの体力も気力もない。「ありがとう。よし、行こ」「りょーかい」と軽く虎次郎は頷いて、バイクを発進させてくれた。空港に着く。「ちょっと駐車場までが遠いね」「そこは仕方ない。空いてただけラッキーだ」どうやらこの時期だと満車になることが多いらしい。「レンタカー、タクシー」「俺が乗れればいいんだがな」元から問題があった。空港に入って、エントランスロビーで待った。「あっ、コンビニがある」「そんなところを使わずとも、ここに君専用のシェフがいるんだけどな。ガッティーナ」「うん、知ってる」それは、虎次郎が料理人だから自分の方が美味く作れるとの自負と受け取ったけど、なんか違う? 虎次郎の視線が鋭くなった。「それは、全部を聞いた上での発言か?」「ごめん、虎次郎がコンビニに対抗意識を張ってるとばかり」はぁ、と虎次郎から溜息が出た。なんか、ごめん。
 そう思っていると、薫が空港の到着ロビーから出てきた。なんか手を振る。ブンブンと振っていたら薫がこっちに気付いたけど、ギュッと眉間に皺を寄せた。うん、いわなくてもわかる。原因はなにかと。げんなりとした顔で、私の方へ近付いてきた。
「ゴリラは要らん」
「いや、一緒の方が喜ぶかと」
「俺だって、正月早々陰険眼鏡の顔なんざ見たくねぇよ」
「それはこっちの台詞だ。なんだって、仕事帰りに馬鹿ゴリラの顔を見なければならん」
「えっ、いや、ダメかな? ダメ?」
 恐る恐る尋ねてみるが、薫と虎次郎も顔を背けたままだ。お互いに目を閉じて、腕を組んだまま黙っている。あ、ダメと。釣られてこちらも落ち込んでしまう。
「そっか、ごめん。なんか、新年始めに迎えに来た方が、喜ぶかなと思って」
「そっ! それ、は、特に特別どうということもないが、まぁ。その」
『マスターは貴方一人でないことに不満を抱いています』
「なっ!? カーラ!」
「ごめん、カーラ。その、道に迷うかと思って」
「俺が誘ったんだ。出迎える人間は多い方が楽しいだろう?」
「お前には聞いてない。はぁ、とりあえず。なんだ。一通り正月のイベントを済ませて」
「あっ、待って。薫」
 そもそも次に仕事があるのでは? のろのろと行こうとする薫を前にして止める。「あ?」と不機嫌そうな視線が私を刺した。それでも止めるのをやめるわけにはいかない。
「その、初詣とかは七日までの日に改めよう!? 三が日は良くない。うん」
「なにをいっている。一応、建て前として商売繁盛とかのヤツはしておいた方がいいだろ。俺は書道家だぞ?」
「お前の顔色を見ていってるんだ。まだ仕事が残っているんだろ?」
「ゴリラが人の言葉を話すな。まだ二時間、いや一時間ほど残ってる」
「いや、無理しなくていいから。頭痛がするなら、休もう? 薫」
『賛成です、マスター。今のマスターは非常に疲れています。仕事の効率を戻すためにも、休むのが最善です』
「くっ、カーラまで。一先ず明日に回して」
「いや、色々と人向けを考えたら休む方がいいんじゃ。ねっ? 体力が回復するまで」
「イタリアンシェフ特製のおせち作ってやるから、いい加減素直に休んでろ。薫」
「黙れゴリラ。類人が人間様の言葉を喋るな」
「既に床に臥せそうな声でいわれても、どうしようもないよ。薫」
 とりあえず虎次郎の手を借りて、タクシーへ乗ることにした。バイクの都合上、私がタクシーの同伴者となる。「とりあえず材料とか用意してくるから、それまで頼む」「うん、開いてる店あるっけ?」「実は試作品を作っていた」おぉ、それで材料が余ってると。虎次郎が離れて、タクシーが発進する。(とりあえず、桜屋敷書庵の方で伝えたけど)そこでいいのだろうか。いや、自宅を書庵としていない以上、勝手にそれ以外を伝えたら困るだろう。そう考えていると、ガクッと薫が寄り掛かってきた。お、重い。ついでに、手を握られる。
(疲れてたんだろうなぁ)
 なにせ年末年始と働き詰めである。いくらカーラの助けがあろうと、肉体が。疲労が溜まり続けるだろう。(なにか、できないかな)ガクンと薫の身体が前に倒れる。停止したタクシーの反動によるものだ。どうにか片手で押し留めたものの、やっぱり重いものは重いものであった。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -