その祭りは三日三晩続いた



ここは会社の休憩室。朝早い、まだ誰も出社していない時間帯。俺はいつも通り、名前を待ち構えるスタンバイ万事オールOK。さりげなく置いた紅茶のカップ、タブレット端末の角度、ネクタイの歪み、髪の乱れ、全てチェックして名前のお出迎えは完璧だ。どこからどう見ても、パーフェクト。
毎朝ここで貴重なモーニングタイムを名前と過ごすのが、俺のモーニングルーティンだ。誰か撮影してくれないか、SNSにもYouTubeにも上げないが、俺はこのモーニングルーティンを記録し、後世に語り継ぎたいのだ。



相変わらず名前と俺の関係に進展は無い。この1ヶ月で変わったことといえば、俺は結婚相談所に入会、登録したということだ。
それもこれも、名前とアニが結婚相談所って良いらしいよ、と話していたのを盗み聞きしたからだ。
とんでもない額の入会金やら手数料やらを払い、自分にぴったりの相手を見つけてもらい、見合いをセッティングしてもらうというサービスだ。

「すみません、好みのタイプというか、名字名前さんとマッチング希望なんですが」
「あの...申し訳ありません、指名というのは行ってなくてですね...」
「では、見た目はこう、天使のような、それでいて力強く、笑うとこの口角がこの角度で上がって、髪はわたあめのようにフワッとしてクルッと毛先が...」
「申し訳ありません、ご希望に添った女性がおらず...」
「...このパンフレットに、必ず希望の異性と出会える!と書いてあったので、こちらに伺ったのだが...誇大広告ということか?」
「...申し訳ありません、私どもも、お相手の方が見つからず心を痛めております...」

体裁よく遠回しにクレーマー扱いされ、それ以降結婚相談所には行ってない。クソ、何が成婚率ナンバーワンだ。ナンバーワン嬢用意しておけ。


手元のぬるくなった紅茶を一口含んで、ため息をついた。
まだか、まだか、名前はあと何分で到着する。まだ来てないということは、恐らく7:38着の電車、名前の歩幅を考えて、到着はまもなく、いやでもヒールの高さで歩幅に差があるんだよな...昨日は7センチヒールの日だったから、恐らく今日は3センチか...来たな、ビンゴ、やけにいつもより足音が男らしいが。

ガチャ、と休憩室の扉が開いた。俺は姿勢を正し、待ってませんでしたが?という雰囲気を醸し出して自然と目線を扉に向けた。


「...リヴァイ、おはよう」
「...チッお前かよ」
「ずいぶんな挨拶じゃないか」
「...クソ、自然なお出迎えの流れが台無しじゃねぇか」
「言っておくが、とても不自然だったぞ」

扉を開けて入ってきやがったのは、エルヴィンだった。この時間にこの休憩室に来るのは名前のはずなのに、どうしてお前が。また大きなため息をついて背もたれに寄りかかった。

「どうしてお前がこんな所に来るんだよ」 
「最近リヴァイがここに入り浸ってると聞いてね、どんなに居心地がいいのかと確かめに来たのだが...噂はアテにはならないな」

エルヴィンは休憩室をうろちょろ見回って、安っぽいコーヒーサーバーを眺めている。エルヴィンは社長直轄部門の所属で、いわゆる幹部組だ。働くフロアも違ければ、乗るエレベーターだって違う。そんなエルヴィンがわざわざこんな営業部フロアの休憩室に現れた。おおかた俺に何か用があって来たんだろう。

「最近ツレないじゃないか、定時で上がってることも多いと聞いたぞ」
「ああ...忙しいんだよ最近は」

主に名前のせいで。名前がありとあらゆる習い事、教室に通うせいで、俺もそのスケジュールに合わせて様々なレッスンに顔を出していた。もちろん空振りばかりでプライベートで会えたことはヨガの一度だけだったが。
今まで仕事一辺倒で、夜遅くまで残業ばかりしていた俺は、レッスンスケジュールを分刻みで立てたおかげで定時上がりが増えていたのだ。

「お前、この前の同期会も来なかったじゃないか」
「ああ、悪かったな。あの日は羊毛フェルトマスタークラスだったんだよ」
「...なんだそれは」
「...羊毛フェルトをマスターするクラスだよ」
「だからなんだそれは」
「ごちゃごちゃうるせぇな、言いたいことがあるなら早く結論から言え」


同期会なんてものが、そういえばあった。ハンジからメールが届いていたが忙しくてそれどころじゃなかった。エルヴィンは俺よりも先にこの会社にいて、俺はエルヴィンから引き抜かれる形で入社したのだが、入社した年が同じだったせいで同期という括りになっている。


「...お前に女でも出来たんじゃないかって、話になってな」
「...好きな女ならできた」


やけに歯切れ悪く観葉植物いじりながらモジモジしてると思えば、そんな話か。そんな話が聞きたいのだったら、思う存分惚気てやる。名前のどんなところが好きなのか、朝まで正座して話してやる。まあ、肝心の名前とはヨガでばったり会ってから一言も喋ってないのだが。


「なるほどな。どんな子だ、紹介してくれ」
「まあ焦るなエルヴィン。もう少しでココに現れるはずだ」
「...ほう、毎朝ここで逢瀬を重ねていたという訳か」

噂をすれば、本当にタイミングよく扉が開いた。今度こそ名前が扉から入ってきた。俺は体勢を名前お出迎えモードに切り替えた。

「おはようございま...って...え?エルヴィンさん?」
「名前、おはよう。珍しいね君がこのフロアの休憩室なんて...」
「...あ、えっと...はい、間違えました、すみません」


【本日の名前のお仕事コーデ】
薄手の白いブラウスに、グレーのニットカーデを重ねて、素材を使って俺に秋の始まりを伝えようとしている。ボトムスはお気に入りのタイトスカート、残暑を思わせる明るいその空の色と、後ろにさりげなく入ったスリットがワンポイント......



じゃねぇよ。


職業病で本日のコーディネートをタブレットに叩き込みながら冷静になった。待て待て待て待て、エルヴィン、名前と知り合いなのか?おお神よ、どういうことだ、なんたることだ?

名前は休憩室に入って来ようとはせず、扉の隙間からポカーンとした顔で立ち止まってしまったままだ。もう少し入って来ねえと靴とカバンが見えねえ、記録に残せないじゃないか。...じゃねぇ、驚いたよな、いつも俺と二人きりのはずなのに、こんなデカいイカついオッサンが居たら。ついでにエルヴィンのことを知ってる...だと。何度考えても理解が追いつかない。二人が知り合い?

それにしてもなんだあの名前の顔は。今までの表情パターンのどれでもない。バロック期を代表するフェルメールの絵画の女性の表情にも似た、何とも言えない顔つき。俺に絵心さえあれば、スケッチできたのに。明日から絵画教室に通おう。...盗撮はダメだ、犯罪はダメ、絶対に。

血走った目でその表情を眺めつつ、心の中で舌打ちをする。クソ、どうしてエルヴィンが名前と知り合いで、俺が他人なんだ。前世で何をしたら名前と知り合いになれるんだ?

...いや待てよ、これは千載一遇のチャンスではないか?
この前、俺が名前のパスケースを拾った時、ありとあらゆる邪念を排除して総務部へ届けた。あの行いを神が見ていてくれたに違いない。

これは神が与えたラストチャンスだ。エルヴィン、悪いがお前を利用させてもらう。さあエルヴィン、俺に話を振れ。
自然と紹介しろ。「お、リヴァイ、こちらは名前だ。名前さん、こちらはパーフェクトクールガイのリヴァイ。君たちお似合いじゃないか、仲人は私がつとめよう。ハッハッハ」この流れで完璧だ。さあ早く、エルヴィン、今しかない、やれ。


パタン


...ん?何故か名前は休憩室に入らず、パタパタと走って行ってしまった。この半年、毎日欠かさず休憩室でコーヒーを飲んでた名前が、エルヴィンの顔を見て、逃げるように...


「...オイエルヴィン、名前とどういう関係だ。答えによっちゃ明日の朝日は拝めないと思え」
「...まさかリヴァイ、好きな女って、名前のことだったのか」

エルヴィンに詰め寄ると、両手を上げて無実を主張し、そして何か愉快なものを発見した時のようにニヤついて、言い放った。

「名前は私の秘書だよ」
「...なんだと」

そうだった。名前は秘書課に所属していると、先日とある調べによって判明したのだ。
...少し考えれば分かることだった。エルヴィンと名前は同じフロア、しかも経営企画室と秘書課なんて密接な部署である。どうして名前の部署を知った時にエルヴィンが結び付かなかったのだろう。俺は名前のこととなるとIQが2になるようだ。

「まあ、専属の秘書ではないから名前にとっては担当の中の一人という認識だろうが」
「...クソッ...!盲点だった...!」

俺は両手で拳を作り、机をバンバン叩いた。名前がエルヴィンの秘書...!なんという奇跡。羨ましすぎる。

秘書が名前って、エロいことしか想像できない。スケジュール調整したり?ダメだ、エロい。電話の取り次ぎをしたり...?これはエロでしかない。資料の代理作成...。くそ、エロが過ぎる。打ち合わせの議事録作成は?まずいなこれもエロい雰囲気になる。まさか...接待に同行させたり...なんてこと...オイオイ18禁だ。

もし自分に秘書がいて、それが名前だったら、と妄想を始めたら止まらなかった。出世にも異動にも興味が無く、エルヴィンになんと説得されようとも上のフロアに行く話はスルーしてきた。だが、こうなったら話は別だ。今すぐにでも研修でも試験でもなんでも受けてやる、俺は名前と同じフロアに行き、名前を専属の秘書にする。経営企画室の室長の座は俺に譲るんだ、エルヴィン。お前は、夢を諦めて、死んでくれ。机に突っ伏したままの俺に、エルヴィンが肩を震わせた。笑いを堪えてやがるなこいつ。


「リヴァイ、これは私からの提案なのだが。今度、名前と食事の席を設けようか」


この時ばかりは、エルヴィンが神なのかと錯覚した。エルヴィンのその一言で俺は踊り狂い、その祭りは三日三晩続いた。



(2021.7.12)

prev | list | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -