■ ■ ■


「名前ー。ニンジン何本かくれー」
「コニー?珍しいね、なんでニンジン?お腹すいたの?」

調理場で夕食の支度をしていると、コニーが勝手口から木箱を差し出してきた。コニーは可愛い少年って感じだ。無害。一生夏休みの坊主。そんなイメージ。

「俺じゃねぇよ。兵長の馬にやるんだ。明日兵長遠乗りに行くから、スタミナつけさせるんだ」
「へー。トーノリって何?」
「......馬に乗って遠くまで行くんだよ、そんなことも知らねぇのか」

ほう。馬に乗って遠くまで...。
何それ、超楽しそうじゃん。

コニーにニンジンを5本渡して、勢いで兵長の部屋まで走った。そんな楽しそうなイベント、私も連れて行け。

廊下を走って行くと、ちょうど兵長が部屋に入ろうとしているところだった。

「兵長、一生のお願いがあるんですけど」
「あ?一生のお願いなら先週も聞いてやっただろ。お前人生何度目だ?」
「あー、部屋の鍵無くして一緒に探してもらった件ですか?あれは結局私が見つけたんだからノーカンです」
「違う。風呂のカビ取ってやっただろ」
「嘘でしょ、あれは兵長が自分から取ってやろうって来たんじゃないですか。ノーカンです」
「......」

バタン、とドアを閉められた。
でも鍵は閉まってないから入っても良いってことだよね。

ガチャ

「まあとりあえず聞いてくださいよ」
「入ってくんな。聞きたくねぇ」
「明日遠乗り?行くんですって?私も一緒に行きます!」
「聞きたくねぇって言ってんだろ」
「そこをなんとか、この通りです」
「どの通りだ」

これ見よがしに箒を取り出して、部屋の隅から隅まで掃除をして誠意を見せてみた。

「遊びに行くんじゃねぇんだよ」
「えっせっかくのお休みなのに?どこ行くんですか?」
「今度、新兵の野営訓練がある。その野営地の下見だ。」
「ヤエーチ?」
「ちょっと行って、見て、すぐ帰ってくるだけだ」

椅子に座って書類仕事に手を付け出した兵長は、面倒臭そうな目線だけこちらに寄越した。

「だったら尚更連れてってくれたって良いじゃないですか!ちょっと荷物乗せてくって感じで」
「こんなにうるさい荷物があるかよ」
「私、一度乗馬してみたかったんですよ」
「あ?お前馬乗ったことねぇのか。尚更連れて行く訳ねぇだろ」
「絶対迷惑かけませんから!」
「お前が俺に迷惑かけないはずがないだろ」
「私だってたまにはお休みが欲しいです!馬乗って風感じたいです!鬼!ケチ!綺麗好き!」

バン!
箒で掃くだけ掃いてチリトリで集めず部屋を出た。ぷぷっ、兵長のことだからきっと今頃気になってホコリ集めてるに違いない。地味な嫌がらせしてやったぞ。

そんな小さな報復では満足出来ず、夕食中食堂の大きなテーブルを力強く拭きあげる。
あーあ、前にいた世界で見た映画みたいに、草原を馬に跨って颯爽と駆けたいなあ。風感じたーい。もし乗馬できないなら調理場にクーラー付けて。部屋に扇風機買って。それなら許す。まあこの世界にクーラーも扇風機も無いんだけど。

馬術の経験さえあれば...あ、良いことを思いついた。

「ジャン、この後時間ある?」
「...なんだよ俺に用か?珍しいな」

配膳当番のジャンを呼び止めると、相変わらずの顔してる。ちょうど良いところに居てくれた。

「うん、こんなこと頼めるのジャンしかいないなって」
「なんだそれ、やめろよ、照れるじゃねえか」
「馬の乗り方教えて欲しいの」
「...馬の乗り方?」
「うん、馬といえばジャンかなって」
「誰が馬面だ」
「そうとは言ってない。ね、お願い!明日までに1人で馬に乗れるようになりたいの」
「明日まで、って馬鹿か!馬術は一朝一夕で学べるもんじゃねぇよ。今度ゆっくり教えてやっから」

そう言って馬面は行ってしまった。おいさりげなく帰るなよ配膳当番だろうが片付けして行けや。
くそー、みんな冷たい。こうなったら兵長の胃袋鷲掴み捻り潰し作戦で行こう。あの兵長も肉を前にしては私の頼みを断れまい。

こんな時のために隠しておいた。保管庫の奥に、燻製にしたベーコンがある。これをサンドイッチにして包んでバスケットに入れて、茶葉も入れて、水筒に熱湯入れたら...

***

明日のお弁当作りに夢中になり、いつの間にか調理場で朝を迎えていた。徹夜してしまった...?正確に言うと徹夜じゃない、調理台に突っ伏して3時間くらいは寝てたと思う。正直眠すぎてなんかもう乗馬とかどうでも良くなってきた。私は一体何のために...。

「オイ、こんな所で寝てんじゃねえよ。顔洗ってこい」
「ギャー!兵長?!いつからそこに」
「行くんだろ、遠乗り」
「え...でも馬...じゃない、ジャンに馬術教えてもらえなかったですし」
「俺が乗せてやるっつってんだよ」
「え?兵長の馬に?2人乗りってことですか?」
「それしかねえだろ」
「よっしゃああ!!!見てくださいこれ、サンドイッチ作ったんですよ。くくく、こっそり肉も入ってるんですぜ旦那」
「裏庭で待ってるから早く支度しろよ」


寝不足でおかしなテンションになってる私に呆れた様子で勝手口から出て行った兵長。昨日はあんなにケチだったくせに、なかなか良い所あるじゃないか。やっぱり肉を前にしたら兵長も人の子だな。

急いで顔洗ってズボンに着替えて、バスケットを抱えて裏庭に出た。兵長が黒っぽい大きな馬を撫でている。

「えー、白い馬じゃないんですか?」
「文句言うんじゃねえ」

白馬が良かったなあ...私の乗馬のイメージはあくまで昔見た映画だ。

「ほら、台を持ってきてやったぞ。乗ってみろ」

よっこらせ、と乗ってみた。思ったより視界が高い。これ、落っこちたらひとたまりも無いんじゃ...。

「ふざけてんのか、なんで横乗りしてんだ。時速60キロ出るんだぞ」
「デスヨネー」

冷たく突っ込まれてゴソゴソとしっかり跨り直した。だって昔見た映画では、王子様の前にお姫様が横乗りして仲良く乗馬してたんだもん。ちょっとやってみたかっただけだもん。兵長が王子ってガラじゃないけど。
兵長がフワッと馬に跨った。すごい、小さいくせに台使わずに馬に乗った!なるほど、足掛けるところがあるのか。

「お前、今小さいくせに台使わないんだ、って思っただろ」
「思ってないですよ」

そういうこと口に出しちゃうところは、器が小さいなとは思いますけどね。私は器が大きいんで、いちいち言わないですけどね。

「手綱ここ持ってろ、出発するぞ」
「ラジャーです!出発進行!」

兵長が軽く馬のお腹を蹴ると、ゆっくり進み出した。おお、私今、馬に乗ってる...!

「で、今からどの辺に向かうんですか?まさか、壁外?」
「んな訳ねぇだろ。壁内だが、かなり僻地だ。もう少し開けたところに出たら、スピード上げるからな」
「うそ...これよりスピード出るんですか?私結構もう怖いんですけど...」
「怖いってお前...それより、お前変に力むんじゃねぇよ。姿勢が悪いな。スピード出したら、前傾姿勢取れよ」

なんかゴチャゴチャ言ってるけど、正直すでにお尻が痛い。たぶんこのままじゃ痔になる。映画で見たお姫様はもっと優雅に笑いながら馬に乗ってた。現実は厳しい。振動がお尻の穴から頭の天辺まで突き抜けて行く。
あと兵長がすぐ後ろに居るせいで居心地が悪い。包み込まれるように手綱を握ってるから、どうしても背中に兵長の体が当たって気が気じゃない。頭のすぐ後ろに兵長の顔があるし。

「グニャグニャすんじゃねぇよ、シャキッとしろ。...お前、もしかして...」
「ぎぃやあああ!何してんですか!」

兵長が左手で、グニっと私の腹の肉を摘んだのだ。

「お前、腹筋はどこにやった」
「どこにもやってませんよ。ここにいますよ。」
「この腹でよくも乗馬がしたいだなんて言えたな」
「よくも.....乙女のお腹を...」
「乙女って誰のことだ」
「信じられない...」
「少しは痩せろ。馬が可哀想だと思わねぇのか」

ここが馬の上じゃなかったら兵長の頬を平手打ちしていたところだ。...いや、そんな恐ろしいこと地上でも出来ないか...。

「...分かったよ、お前は荷物になれ」
「え?」
「力抜いていいから、完全に俺に寄りかかれ」
「でもそれじゃあ兵長重たくないですか?」
「このスピードのままだと日が暮れちまう、言う通りにしろ」

ゆっくりと一応遠慮しながら、兵長の体に寄り掛かってみた。びくともしない。体幹オバケ?

「...よし、今からスピードあげるから、もう喋んなよ」
「ええっ楽しくお喋りしましょうよ」
「舌と歯が全部無くなってもいいのか」
「......」

いつの間にか市街地を抜けて、開けた場所まで来ていた。兵長は手綱を握り直して、前傾姿勢を取ると、馬はとんでもないスピードを出して駆け出した。正直お尻の痛みと早すぎるスピードで絶叫しかけたが、歯がガチガチ鳴ってそれどころじゃなかった。奥歯を噛み締め、目をギュッと瞑って兵長の体にしがみつくのが精一杯であった。


***


「思ってたのと違う......」

野営訓練地に到着して、私は泉の側で横になっていた。今は座るのもキツイ。お尻が痛いから。
乗馬はしたかったけどこんな過酷な乗馬がしたかった訳じゃない。

兵長は辺りを見てくる、と言ってどっか行ってしまった。私は馬と休憩中だ。馬は呑気に水飲んだり草食べたりしてる。心なしかバカにした目で見られてる気がする。馬にまで舐められてるのか私は。誰が昨日ニンジン分けてやったと思ってんだ。もっと優しく走れ。ベンツの助手席くらいのレベルになれ。

あ、そうだ。そういえばお昼ご飯持ってきたんだった。1時間くらい馬に胃袋シャッフルされたから、正直気持ち悪くて食欲は全く無い。でも肉がある。何が何でもこの肉だけは食べないと。

「兵長ー、ピクニックしましょう」

散策を終えた兵長が戻ってきたので、バスケットを広げて紅茶を注いであげた。あんなに馬に揺られたのに、意外にもサンドイッチはそこまで崩壊してなかった。良かった。

「顔色が最悪だな」
「ええ...ちょっと寝不足で」

あんなにワガママ言って乗せてもらった手前、兵長には馬で酔ったとは言いづらい。

「なんとしてでも...死ぬ前にこのベーコン食べないと...」
「お前、明日から鍛えてやるからな。体幹トレーニングだ」
「もぐもぐ...肉うまぁ...ベーコン最高...」
「腹筋だけじゃなくて下半身も鍛えねぇと、1人で馬乗れねぇぞ」

調子に乗ってサンドイッチをぱくついてたけど、やっぱりちょっと気持ち悪いかも...。オエ、美味しいはずのベーコンがキツイ...。

「まずお前は馬の世話から始めろ」
「...いや、馬はジャンに教わるんで大丈夫です...」
「いやジャンは辞めとけ。あいつ指笛下手くそでいつもヨダレでネチャネチャだ」
「兵長......ちょっと吐きそうです」
「...あ?」
「ちょっと...食べすぎたみたいで...うっぷ」
「......ったく...ほら、水飲んで横になれ」


兵長の紅茶用に持ってきたはずの水筒の熱湯は、ぬるくなってた。さすがに片道1時間じゃ紅茶は冷めるよなあ。
あぐらをかいて木に寄りかかる兵長の膝に頭を乗させてもらい、横になった。これが世に言う膝枕かあ。膝枕ってこんなに殺気を感じるものなんだなあ。恐る恐る見上げると、しかめっ面した兵長が大きなため息を付いた。

「兵長ごめんなさい...迷惑かけて」
「迷惑じゃねぇよ、お前の食い意地に呆れてるだけだ」
「だって肉ですよ.....端切れだけど」
「...あんまり寝てねぇんだろ、少し休め」
「...ちょっと枕が硬くて寝づらいですね、もう少し柔らかい太ももはありませんか」
「......お前、帰りは徒歩な。ダイエット付き合ってやる」



***


目を覚ますと、馬の上だった。
しかも横乗りで、しっかりと兵長の体に腕ごと紐で括り付けられていた。括りつけられてるというか、縛られてる。私が兵長に抱きついてるような体勢だ。

「ひいっ」
「起きたか。暴れんな」
「すみません、寝てました」
「分かってる。俺が担いで乗せたんだよ」
「ごめんなさい...」
「悪いと思ってるなら少しは痩せてくれ」
「いやそこは悪いと思ってないです」

相当ゆっくりなスピードで馬が進んでる。

「...日が暮れちまったな」
「...あの、運んでもらってるところ悪いんですけど、解いてくれませんかこの紐」
「うるせえ荷物は黙って運ばれてろ」

兵団本部が遠くに見えてきた。
なんだかんだ兵長は優しい。馬乗せてくれたし。具合悪くなったら休ませてくれるし。帰りは横乗りでスピード落としてくれてるし。紐の縛り方キツ過ぎだけど、寝てる私が落ちないようにしてくれてる。

あれっ、なんか私、ドキドキしてない?

兵長相手に?この鬼ドケチ小姑潔癖鬼上司相手に...?いやまあドキドキしてはいるけど、あ、これはあれだ。恐怖から来るドキドキだわ。
兵長の胸に耳を当てると、心音がダイレクトに伝わってきた。

「兵長も人間ですね」
「どういう意味だ」
「生きてるなーと思って」
「お前、俺のこと何だと思ってんだ」
「......鬼?」
「...お前、夜中にエルヴィンの部屋に出入りするのやめろ」
「えっ」

何だ突然。何の話?
エルヴィン団長の部屋?モゾ、と見上げてみるが距離が近すぎて表情が見えない。心なしか、さっきより心臓の音が速くなってる気がする。

「あー...?」

ああ、そういえばこの前、団長が不眠症過ぎてツライって言い出して団長の部屋でお喋りしてた日があったっけ。あの事言ってるのかな?
兵長の部屋と団長の部屋は隣同士だから、部屋に入った時か出た時にでも見られてたのかもしれないな。

「風紀が乱れるんだよ」
「この兵団に風紀なんてものが存在してたとは」

もしかして兵長は何か勘違いをしてるのかもしれない。団長の名誉に傷をつけないように、なんか否定とかしておいた方がいいのかな。...なーんてまさかね。いくらなんでも兵長はそんなこと思ってもないだろうな。

そうこうしてる内にやっと兵団に着いた。ズルリと馬から降りて、馬に今日一日ありがとうと鼻先を撫でてやった。ヨダレ飛ばされた。
兵長は、馬の手入れがあるから、と厩へ馬を引いて行ってしまった。空になったバスケットと水筒を洗って、さっさと部屋に戻って5秒で寝た。兵長には明日改めてお礼を言おう。


***

翌日。

「お前、何やってんだ」
「...誰か...助けて......筋肉痛が酷くて...」

朝、廊下を這いつくばって移動していたら後ろから兵長がやって来た。昨日の夜は筋肉痛に悩まされて、寝返りさえ打てなかった。お尻も痛くて座れないしまともに歩けないんだよ。

「なんだその歩き方は」
「気色がわりぃな」
「お前奇行種だったのか」

この人はこういう人だった。この人のことを、昨日少しでも優しいとか思った自分は何だったんだろう、どうかしてた。虫ケラでも見るかのような目で中傷してくるリヴァイ兵長。これが普段通りだ。たぶんいつもと違う兵団の外の雰囲気で、優しく見えただけだ。吊り橋効果的なやつだ。

結局仕事にならず、一日中横になって安静に過ごした。ジャンが乗馬の練習付き合うぜ!と声を掛けてきた。馬も馬面も、もうこりごりだ。


(2021.5.25)
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